最終話 業

 ◆


「な、爺ィ!てめぇ!生きていたのか!……がっ!?」


 激昂したギドが全裸のままジャハムに殴りかかろうとすると、老いぼれの筈のジャハムが難なくギドの拳を受け止め、そのまま握り締める。


 もし戦いに身を置く者がこの場にいたならば、ジャハムの総身に悍ましいまでの魔力が渦巻いている事に気付くだろう。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」


 ジャハムはもう一度同じ事を言って、握っている手に力を籠める。


 掌中からばきり、ばきりという音。


 ギドの悲鳴が響いた。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」


 ジャハムは三度目の問いを発すると同時に、ギドの拳を完全に握りつぶしてしまった。


 耳をつんざく絶叫が響くが、しかしジャハムは力を緩めない。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」──ジャハムはギドのもう片方の手を取った。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」──ジャハムは先程と同じ様に、もう片方の手を握る。骨が軋む音。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」──ついにギドのもう片方の拳が折れた。ギドも抵抗をするが、ジャハムを引き離す事ができない。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」──ジャハムはギドの耳を摘まんだ。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」──ジャハムはギドの右の耳を引き千切った。


 アンナは身を固くして動かない。目の前で広がる惨劇に肉と魂を金縛られてしまったかの様だった。


 そしてついに、ギドは「分かった!!していい!!仕事をしていい!!」と叫ぶ。


 ジャハムは頷き、続いてアンナにも尋ねた。


「早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」


 答えなかったギドが何をされたかはその目で見ている。アンナはすぐに頷き、「し、していいわ」と答えた。


 その瞬間、ギドとアンナは喋る事も動く事も出来なくなった。


 ジャハムの口が弧を描く。


 ◆


 左手に槌、右手にノミを握った老人が無表情で床を見下ろしていた。


 床には男と女が並べられている。


 死んでいるのだろうか?


 いや、生きていた。


 双方とも両の目をカッと見開き、微動だにしていないが呼吸はしている様だった。


「動けんじゃろ?」


 老人がぽつりと言った。


「魔術だなんだと、儂には良く分からん。じゃがな、お主らは儂の作品の "素材" じゃ。素材は勝手に動かないからの。だからお主らは動けない。そうなっておる。"仕事"が終わるまでは、何が起ころうとお主らは動けんのよ。儂にはそれが何となくわかるのじゃ。儂はの……」


 そう言って、ジャハムは言葉を切った。


 そして震える。


 皺だらけの顔全体を引きつらせて震える、震える、震える。


「儂はの……お主らを殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて仕方がない」


 じゃがの、とジャハムは続けた。


 「殺さないでおいてやる。死んでしもうたら、たった一度しか苦しめないじゃろ?」


 ジャハムはニタリと笑い、ノミを男の胸にあて、槌を振りかぶり、叩きつけた。


 ◆


 それから暫くたって、村ではちょっとした騒ぎとなっていた。


 少し前にやってきたアンナとギドの姿が見えない。


 最初はどこかで遊びほうけているのだろうと放置されていたが、全く帰ってくる様子がないため流石に村のものは心配になってくる。


 彼らは以前村の顔役だったジャハム老の親族だ。


 かわいそうに、お孫さんもそのご両親もみな事故や病で亡くなってしまって、それにショックを受けたジャハム老は失踪。


 それでも健気に彼らが帰ってきたときのためにと家を守ってくれていた立派な夫婦だったのだが。


 だから村の者が数名、彼らの家を調べてみた。


 やはりアンナとギドはいない。


 かわりに、男の人形と女の人形が置かれていた。


 趣味の悪い事に、人形の目からは血のような赤い液体が流れている。


 村の者達は質の悪いイタズラだと人形を燃やして処分した。


 この時、村の者達数名の耳に、悲鳴のような絶叫のような声が聞こえていたが、彼らはそれを口に出すことはなかった。


 まさか人形が叫ぶはずもないだろうし、と。


 それにそんな事くらいで怖がっていたら村の者達に馬鹿にされてしまうだろうから、と。


 ◆


 それから暫くして。


 ある日、マルケェスが街道を歩いていると見知った顔が向かいから歩いてきた。


 以前家族へと誘った者だ。


 彼は独りきりだった。


 だがいまはもう独りじゃない。


 みよ、彼と手を繋いでいる小さな人影を。


「やあ、ジャハムじゃないか、元気そうでなによりだよ。イリスちゃんも元気そうだね」


 マルケェスが手を振り、声をかける。


 イリスと呼ばれた少女はぺこりとお辞儀をした。


 頭から木屑がこぼれる。


 ──かな? 


 マルケェスがそんな事を思っていると、ジャハムも笑顔を浮かべマルケェスの言葉に答える。


「おお、おお! マルケスじゃないか。うむ、わしは元気じゃよ。他の者らは元気かい? ルイゼ嬢ちゃんはまだ独身かの?」


 ジャハムの言葉にマルケェスは笑う。


「私はマルケェスだよジャハム。マルケスって君、それは隣国のマルケス失地王の事みたいで嫌だなぁ……。あとね、これは忠告だがルイゼに男の話をしてはいけない!家族であっても言っていい事といけないことがある!なぜなら彼女はまた振られてしまったんだからな! ハハハハ!」


 マルケェスが笑うと、ジャハムが連れている小さい娘……イリスがマルケェスの脚をパンパン叩きながら頬を膨らませて抗議をした。


「マルケェスおじちゃん! わらったらだめなことってあるのよ!」


 マルケェスはおっといけないと自分の口を手で塞ぎ、それでもニヤニヤと笑いをやめない。


 そんなマルケェスにイリスは頬を更にふくらませて、おじいちゃんも! と叱責が飛び火する。


 それからも彼らはちょっとした雑談をして、手を振りながら別れた。


 ◆


 去っていく二人の背を見送るマルケェスはニコニコと笑いながら二人に背を向ける。


 ──やはり家族は笑顔でなければな


 ひっ、と言う声がマルケェスの口元から漏れる。


 嗤い声であった。


 ・

 ・

 ・

 

 "連盟" には一風変わった老魔術師がいる。


 魔術師といっても火を出したり氷を出したりするわけではない。


 元木工職人であったその老人は、あらゆるものを加工するのだ。


 心の底から本当にその "素材" を使って仕事をしたいと彼が願った時、何人たりともそれを妨げる事は出来ない。


 ──『人業使い』ジャハム


 彼はいつも孫娘と一緒に居るという。


 いつまでも成長をしない孫娘と。







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これにて了です!


まあまあ読めたなと思ってくださったなら評価の程お願いします!


本作は拙作、「イマドキのサバサバ冒険者」のモブキャラの一人にフォーカスしたスピンオフの様な作品です。この話自体はサバサバ冒険者に掲載されていますが、こちらのほうが読みやすいと思います!以前は書く事に余り慣れていなかったので、色々拙い部分が目立ちますね!


これ単体で読んでも読み物としては成立する様に加筆しながら書き進めました。


なお、本日は「イマドキのサバサバ冒険者」のコミカライズ最新話が更新されておりますので、コミックウォーカー、ニコニコ静画などからご覧いただければ幸いです。


さらに!↓各話の下部↓に拙作をいくつか紹介しているので、食指が伸びそうなものがあればそちらもお願いいたします!


§


①相死の円、相愛の環(短編恋愛)

戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った


②しんどい君(短編ホラー)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…


③おおめだま(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る


④おくらいさん(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う


⑤約束(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した


⑥イマドキのサバサバ冒険者(長編ハイファン)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する


⑦Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~(長編ハイファン)

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"


⑧しょうもなおじさん、ダンジョンに行く(長編ローファン)

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。



⑨★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)(長編SF)

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ


⑩継ぐ人(中編ハイファン、完結済)

"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。


⑪ダンジョン仕草(さんぺいものがたり)(長編ハイファン)

ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある


⑫鈴木よしお地獄道(一巻)(長編現代ホラー)

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。


「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」


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埴輪庭(はにわば) @takinogawa03

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