第9話 がんばる男の子と

 ダンジョン女学院、第一トレーニングルーム。


「ハァ、ハァ……」


 膝に手を付き、ひたいから流れる汗をぬぐう赤髪の少女。

 息を切らしながらトレーニングに励むルージュだ。


 アルスダンジョンでの任務後、セリカとミリアが報告に行く中、彼女はこのトレーニングルームへと向かったようだ。


「……ハァ」


 入隊して以来、ルージュはどんな任務の後でも自主トレーニングを欠かさない。

 スキルがすべてといっても過言ではない世界において、未覚醒で唯一入隊しているというのはそれほどのことなのだ。


 だが、今日の彼女は普段より一層追い込んでいるように見える。

 

「今日は……散々だったわ」


 思い出すのは、本日の任務のこと。

 大型を退かせるという成果を残したものの、色々と悔やむことがあるようだ。


「アタシがもっと強くならないと……!」


 前半は、あろうことかアルスに助けられた。

 後半は、セリカに代償を負う・・・・・スキルを使わせようとした。

 主にそれらのことが許せない。


 しかし──


「「「クスクス」」」


 そんな彼女を外からのぞいている連中がいる。

 その表情はあざけるかのようだ。


「ねえ見て、また自主練してるよ」

「好きだねえ」

「だってスキル未覚醒だもの」

「あらそうだったわ」

「やっと拾ってもらえたんだもんね。落ちこぼれ部隊・・・・・・・に」


 陰口のように話しているが、ルージュには聞こえている。

 そもそも、わざと聞こえるように嫌味を言っているのだ。


 “落ちこぼれ部隊”のルージュに。


「……」


 それでもルージュは構わない。


 どれだけ頑張ろうと、スキル未覚醒ではどの隊も受け入れてくれなかった。

 現在のアルスのように仮入隊するも、その後はことごとく隊長にはじかれた。 


 そんな彼女の居場所は、セリカとミリアが作ってくれた。

 セリカが「大歓迎だよ」と言ってくれたあの日のことは、今日まで一度も忘れたことはない。


 たとえ「第三小隊」が落ちこぼれと呼ばれていても、ルージュはセリカとミリアに尽くすことを心からちかっているのだ。


 そんな思いから、ルージュは入隊以来、毎日誰より早く鍛錬を始め、誰より遅くまで鍛錬を重ねた。

 その積み重ねが、今の彼女の強さを作っている。


「……あいつ」


 だからこそ、ルージュは簡単にアルスを受け入れない。


 ラッキースケベの恨みも十分あるが、それ以上にアルスを認めていないのだ。

 自分にも他人にも厳しい彼女は、“唯一スキルを使える男”というだけでチヤホヤされるアルスが気に入らない。


「……ふぅ。気にしても仕方ないわね」


 どうせ自分が評価を0点にすれば、アルスは本入隊できない。

 そう結論付け、今日の振り返りとトレーニングを終えたルージュは、出入口の受付に向かった。


 そこでいつものやり取りを行う。


「すみません」

「あら、ルージュさん」

じょうするのでトレーニングルームのカギをもらえますか」


 いつも誰より遅くまで残るルージュは、受付ともすっかり顔見知りになっていた。

 鍵を閉めるのは、最後まで利用した人の役割のようだ。


 だが、今日の返答はいつもと違う・・


「ごめんなさいね。今日はまだ一人いるみたい」

「え?」

「ほら、第七トレーニングルームで」

「第七?」


 そんな場所あったっけと思いながらも、ルージュは監視カメラを覗き見る。


「!」


 そこに映っていたのは──アルスだ。

 受付の人は彼を見ながら、ほおに両手を乗せて顔をとろけさせる。


「汗だくでがんばる男の子……イイ・・わ。普段解放してない場所に案内して、監視カメラで独り占め♡」

「……」


 普段から解放しろよ、と言いたくなるのをルージュは抑えた。

 そんな受付は無視しつつ、再び監視カメラに目を向ける。


『ハァ、ハァ……』


 アルスは息も絶え絶えになりながら、非力そうな体でトレーニングを行っている。


 剣の振り方も弱々しければ、動きも鈍い。

 それでも、必死に強くなろうと剣を振っている。


 さらには、どこかで聞き馴染なじみのある言葉まで発する。


『僕がもっと強ければ!』

「……!」

 

 ルージュ自身、何度この言葉を吐いたことか。

 自分の弱さに打ちひしがれる度、セリカやミリアの強さに助けられる度、毎日こう言ってきた。


 それを今、アルスが言っている。


「あいつ……」


 そんな様子をボーっと見ていたルージュだが、アルスに異変が見られる。

 トレーニングの手を止め、フラフラし始めたのだ。


『うっ』

「……!」


 明らかなオーバーワークである。

 そしてそのまま、アルスはパタっと倒れた。


「ったく、世話が焼けるケダモノね!」


 チッと舌打ちした後、ルージュは駆け足でアルスの元へと向かった。







<アルス視点> 




「……うっ」


 少し頭がズキズキしながら、目を覚ます。

 僕はベッドで横になっているみたいだ。


「ここは……?」

「保健室よ」

「ルージュ!」


 隣から声がしたと思えば、ルージュが腕を組んでこちらを見ていた。


「あれ、僕はどうしてたんだっけ」

「倒れたのよ。トレーニングルームで」

「そ、そっか……」


 それで、そのまま気を失って……なんて情けないんだ。


「で? なんでトレーニングしてたのよ。セリカに警告されたからかしら」

「それもあるけど、みんなに助けられてばかりじゃダメだなって」

「……ふーん」


 ルージュは斜め下に目を逸らす。

 そのまま小さく口を開いた。


「アタシと一緒じゃない」

「え?」

「な、なんでもないわ!」


 けど、ボソッとした言葉は聞き取れなかった。

 それから、今度は聞き取れる声で話してくれる。


「アタシより遅くまでトレーニングしてる人、初めて見た」

「!」

「だから……ほら」


 視線は合わないまま、ルージュは何かを渡してくれる。


 まだ温かい“おにぎり”だ。

 ホカホカで握りたてみたい。


「か、勘違いしないでよね! たまたま作り過ぎただけなんだから!」

「ルージュ……」

「トレーニング後はちゃんと栄養をったがいいのよ」

「ありがとう」


 ぷいっと顔を逸らしながらも、アドバイスをくれるルージュ。

 そしてそのまま、すくっと立ち上がった。


「じゃ、アタシは行くわ」

「え、どこに」

「~~~っ!」

 

 でも思わず聞き返すと、ルージュはキッとにらんでくる。


「アンタの大好きなシャワー室よ!」

「は……!」

「ぜっっったいのぞくんじゃないわよ! アンタの利用時間はまだ後よ! せいぜいそこで安静にしてるのね!」

「うわっ!」


 そう言い残して、バンっと力強く扉を閉めていった。


「やっぱり怖い……」 

「そんなことないわ」

「え?」


 ボソっとつぶやくと、声が返ってくる。

 それと共に、部屋の奥から大人の女性がやって来た。


「私は保健室の先生をやってるエチアです」


 エチア先生というそうだ。


 長い白衣に、サラサラの金髪ロングストレート。

 チラっと見える胸元にはドキっとしてしまう。

 まさに“大人の女性”って感じがする。


「ルージュさんはね、必死な顔で君を運んできてくれたのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、それはもう焦ってた」


 エチア先生は思い出すように話してくれる。


「ガラっと保健室の扉を開けて『先生、こいつ雑魚なので早くて下さい!』ってね」

「ルージュが……」


 口は悪いけど、心配してくれてたんだ。


「だから私が治してあげました。痛いの痛いのとんでけ~って」

「……」


 エチア先生は、ピンクの可愛いステッキを振り回した。

 ば、馬鹿にされてる……?


「とにかく、あの子には感謝すること。ここはまだいていいからね」

「はい。ありがとうございます」


 ルージュに感謝しながら、彼女にもらったおにぎりを食べる。

 疲れてあんまり入らないお腹にはぴったりのサイズだった。


「そういえば、仮入隊はいつまでなんだろう」


 そんな疑問を払拭ふっしょくするように、僕たち「第三小隊」は後日に再び呼び出された──。





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ルージュ、デレの気配を見せる

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