第23話 いつも傍にいるのは…

 

「お願いだから危険なことだけはしないでね?」


 私が内心色々と考えを巡らせていることには気付いているのかいないのか。それは分からないが、眉を下げながら心配そうな顔を向けるアシェルト様。心配をしてくれている、というだけで嬉しくなってしまう。


「大丈夫ですよ、ノアがいつも傍にいてくれていますし」


 そう言うと、アシェルト様はピクリと反応し、そしてなにやらムッとした顔となった。


「そうだね……」


 俯き私から視線を外したアシェルト様はボソッと呟いた。急に不機嫌になったような……どうしたのかしら……私、なにか拙いことでも言った!?


「あの、なにか問題でもありましたか?」


 危険なことをしているつもりもないし、今まで危ない目に遭った訳でもない。調べるときにはいつもノアが一緒にいてくれる。だから問題はないと思ってはいるけれど、アシェルト様にはなにか問題があるように見えるのかしら……。


「いや……別に……問題はない……こともない……」


 ん? どっち? 問題あるの? ないの?


「い、いや、ない……特になにもない!」


 キョトンとしてしまい、アシェルト様は珍しく慌てて声を張り上げた。そのことに驚き、目を見開く。アシェルト様はチラリと私を見たかと思うと顔がカァァッと一気に赤く……え?


「ご、ごちそうさま」

「え、あ、はい」


 ガタッと立ち上がったアシェルト様はなにやら眉を下げ、泣き出しそうな潤んだ瞳で私を見たかと思うと、慌てて顔を逸らし部屋を後にした。


 え、なにあれ……な、なんだったの? 顔が赤くなってた……あんなアシェルト様、初めて見た……なにあれ! なにあれ! えぇ!? なんだったのかよく分からないけど……えぇ!?


 白い肌が赤く染まっていくのがはっきりと分かった。耳や首までもが赤く染まり、潤んだ瞳……なにやら妖艶……じゃなくて!! テーブルに突っ伏し悶絶……。その日の夜はなにやら興奮してしまい眠れなかった……。




 ノアが実家に連絡を取ってくれている間も、とりあえずは魔導師団の訪問を続けたが、しかし、ほとんどこれといった情報はもうなにも出なかった。

 ノアはどうやら実家から、なぜソルファス侯爵家に面会したいのかを根掘り葉掘り聞かれたらしく、げっそりとしていた。


「ご、ごめん、ノア……」

「あぁ、気にするな、ハハ」


 ノアはげっそりとはしていたが、笑いながら私の頭を撫でた。その優しさが嬉しくもあるが、私ひとりの力ではなにも出来ないことが悔しく、ノアを巻き込み嫌な思いをさせていることに申し訳なく、情けなくもなった。


「今、王都には侯爵閣下だけらしくてな。夫人はラシャ様が亡くなってから病がちになられたそうで領地で療養されているらしい。だから話を聞けるのは侯爵閣下だけだが大丈夫か?」

「うん、ありがとう」


 ラシャ様が亡くなられてから、きっと心痛で病になられたのだろう、ということは容易に想像がついた。だから無理に話を聞くなんてことはしたくない……。侯爵閣下からお話を聞けるだけで有難い話だ……。どうか心の傷を抉ることになりませんように……。


 なんて自分勝手な願いなんだろう、と自分で思う。ソルファス侯爵家の方々にしてみれば、私のような赤の他人が当時の事故を掘り起こすこと自体が心の傷に触れる行為だろうに。それなのに傷付けたくないとか、馬鹿じゃないの。


 そうは思うのだが、ライラ先生やノアに言われたように、私は私の責任で覚悟を決めないとね……。これは私が望んだことなんだから……。真実を見付けたい……アシェルト様に前を向いて生きてもらいたい。そう望んだんだから……。


「それから、クナム副団長のことだが……」


 考え込んでいると、ノアが話を続けた。


「あぁ、うん。クナム副団長は今どうしているの?」

「魔導師団を辞めた後は、やはり侯爵家を継いでいるようだな。クナム副団長自身は次男で家を継ぐ必要はなかったんだが、どうやら家で不幸が続いたらしくてな」

「不幸?」

「あぁ、父上のカーヴァイン侯爵閣下が病で亡くなり、長男が侯爵家を継いだらしいのだが、それもまた数年で事故に遭われて亡くなられたそうだ」

「え……」

「そのためにクナム副団長が魔導師団を退団して、侯爵家を継いだ、ってことらしい」

「そ、そうなんだ……じゃあ今はカーヴァイン侯爵閣下という訳ね」

「あぁ」

「ということは、クナム副団長はラシャ様の事故や婚約とは関係ないのかしら……」

「「…………」」


 お互い顔を見合わせるが、正解が分からない。クナム副団長は関係ないような気もする。しかし絶対そうだと言い切れるかは分からない。

 いつまで経ってもはっきりとしたものがなくもどかしい。


「ま、とりあえずはソルファス侯爵家で話を聞いてから考えたら良いだろ」


 そう言いながらノアは私の頭にポンと手を置いた。


「うん、そうだね」


 そして数日後、私たちは王都にあるソルファス侯爵家の屋敷を訪れることになった。




 ラシャ様の実家であるソルファス侯爵家へ行く、とはさすがにアシェルト様には言えなかった。だからまた魔導師団へ早めに向かう、ということにしようかと思っていたのだが、ノアから面会の日取りを聞いたときにハッとし頭を抱えた。ここで失念していた事態にぶち当たってしまったのだ。


 侯爵家へ向かう、ということはそれなりに正装が必要となる。さすがに普段の服装のままで出向くなんてことが出来るはずもなく。

 私は一応貴族ではあるのだが、学園では制服、その後すぐに魔導師団へ入団し魔導師団の隊服、そしてアシェルト様の元へと転がり込んだ今は平民服にローブといった身からすると、ドレスなんてものは持ち合わせていないのだ。


「ど、どうしよう、仕方ないから買いに行くかな……うぅ、予定外の出費……」


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