第24話 贈り物
貴族といっても貧乏貴族だったため、浪費などは一切ない。アシェルト様の弟子になってからは特に自分のものを買ったりすることも少なかったため、一応少しばかりお給料的なものはもらってはいるが、ほとんど使うことはなかった。アシェルト様の家で生活するための食費なども全てアシェルト様の収入だけで賄ってくれている。
だから全くお金を持っていない、ということはないのだが、ドレスなんてものはそれに付随するものを含め、なんせお高い。さらには普段使うことがほとんどない。まあ貴族としての生活をしている方々なら使うことがないなんてありえないのだろうけれど、私はこれからも貴族社会を生きるつもりもない。魔導師団で魔導師として過ごすか、アシェルト様の弟子として過ごすか、の二択以外は考えていない。社交界に出るつもりも全くないし、家からそういったものを求められたこともない。
それなのに使用頻度の低いものを高額で買ってもクローゼットで眠っている可能性のほうが高いだろう。そう思うと買うことを躊躇ってしまう……我ながら貧乏性だわね。そう苦笑した。
「なあ……その……」
ひとりで頭を抱えていると、ノアが目を泳がせ、なにやらしどろもどろに聞いてくる。
「?」
キョトンとしていると、ノアはチラリとこちらを見ながら言った。
「その……良かったら……お前のドレス、俺が贈るよ」
「えっ!?」
「いや、その、へ、変な意味じゃなく!! ただ、その……えーっと……そう、今後……今後、俺がなにか社交界に関わらないといけなくなったときに、ルフィルに助けてもらえないかと……」
ノアが焦りながら早口でまくし立てた。唖然としたが、ノアを助けることには躊躇いはない。でも……
「これだけノアにお世話になってるんだから、私もノアが困ったときは絶対に助けるよ! 助けるけど、でも、ドレスを贈ってもらうのはさすがによくないでしょ……」
そう言い苦笑した。男性からドレスを贈られた経験などないが、一応貴族社会についての暗黙のルール的なものも勉強して知ってはいる。男性から女性にドレスやアクセサリーを贈るのは婚約者か意中の相手。それ以外に贈ることなどまずない、と思う。
「ノアに今婚約者がいないのだとしても、私に贈ったという事実が残ると、そのとき変な誤解を生むわよ?」
ノアがそれを分かっていないはずがない。それだけ親友だと思ってくれているのかもしれないが、やはりそこは親友だからこそ、親友の人生の邪魔はしたくない。
うんうん、とひとりで頷いていると、ノアはブスッとした顔となりブツブツと呟いていた。
「俺は別に誤解なんかじゃ……」
「え?」
「い、いや、なんでも! ん、あー、いや、でも今回くらいは受け取れよ。ドレスの一着もないお前を憐れんで親友が贈ってやるんじゃないか。遠慮なんてすんな!」
そう言って私の頭をガシッと掴んだノアは、抑えつけるようにワシワシと撫で回す。
「ちょ、ちょっと! 分かった! 分かったから! 遠慮なくお願いするわよ!」
「ハハ」
散々髪の毛をぐしゃぐしゃにされた後、頭から手を離したノアは笑顔で「じゃあ贈るから!」と嬉しそうに宣言され、私は申し訳なくなりつつも、お礼を言ったのだった。
ジェストルド伯爵家のお抱えの店で仕立てようと言われ、さすがにそれは!! と、慌てて断り、既製品で良いからと散々説得し、あーだこーだと言い合いになった挙句、結局街にある洋装店で採寸してもらい仕立ててもらうことになったのだった。
店主にはなにやら誤解され居た堪れなく、にこにこのノアはある程度私の希望を聞いた後は、俺に任せろ、となにやらウキウキとしていた……。ノアって女の子の噂を全く聞かないけど、こういったことは好きなのね……と苦笑してしまった。
そして後日届いたドレスと靴や鞄や髪飾りや……と、ひと揃え贈られ、ひぃぃとなった。添えられた手紙には、母親やメイド長に相談しつつ、流行り廃りのない、飽きのこないデザインでシンプルなものを選んだぞ、と得意げな言葉が書かれていた。フフッと笑いながらドレスを取り出すと、確かにシンプルなデザインで、いかにも豪華絢爛な貴族の方々が着ているようなドレスではない、ワンピースに近いデザインだった。
ピンクのようなベージュのような淡い色の柔らかい生地のスカートはふわふわとしていて手触りが良い。胸元にはキラキラと小さな淡い紫色の宝石が散りばめられていた。靴と鞄もそれに合わせた色合いのもので、髪留めもドレスと合わせてくれたのか、金色の台座に小さな淡い紫色の宝石が散りばめられ綺麗だった。
お母様とメイド長に相談したと手紙に書かれてあったけれど、おふたりに誤解されたりしてないかしら、と心配になりつつ、素敵なドレスにうっとりしノアに感謝した。
そして、ドレス問題は解決したところで、もうひとつの問題が発生するのだ。
このドレスをアシェルト様に見付からず、どうやって着て家から抜け出すか。アシェルト様が眠っている間にこっそりと用意してこっそりと脱出するしかないのだが、ドレスアップともなると、化粧や髪型やと、時間がかかるのも事実で……。アシェルト様が起きて来ない間に無事終わらせ脱出出来るのか、というのが最大の難関となった。
そうしてソルファス侯爵家へと向かう当日、研究室で眠りこけているアシェルト様を確認しつつ、息を潜め、化粧と髪型をセットし、そしてドレスを着て、いざ出発! と、なったとき、玄関の扉に手を掛けた瞬間背後から声を掛けられる。
「ルフィル? そんな恰好をしてどうしたの?」
ドキィッ!! と、心臓が口から飛び出るかと思うほど驚き、そしてギシギシと音が出そうなほどのぎこちなさで振り向いた。
そこには寝惚けたままだったアシェルト様が、ボーッとこちらを見詰めていた。
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