第21話 信頼

 

「ラシャが婚約しそうだったという話は聞いたことがある。だが、それがなんだと言うんだ? それを聞いてどうする?」

「今、私たちはラシャ様が死んだときの事故を調べているんです。魔導具の暴発。その魔導具についてや、そのときの状況、それ以外のことなんでもいいんです。なにか当時のことか、ラシャ様のことなど、なんでもいいので教えてもらいたくて」

「それを知ってどうするんだ? ラシャが死んだあの事故は、その当時調査委員会が散々調べている。魔導具の暴発事故で片付いているはずだ。それ以上なにがある」


 ライラ先生は椅子の背凭れに寄り掛かり、ギシッと音を立て軋んだ椅子。そして机に置かれたペンを弄りながら溜め息を吐く。


「魔導具の暴発、それはそうなんですけど……アシェルト様はそうは思っていません……。なにか理由があるのではとずっと研究を続けているんです。私もあの魔導具の構造を教えてもらって、暴発する可能性は低いんじゃないかと思いました」


 アシェルト様から聞いた魔導具の構造。聞いた通りの構造で造られた魔導具ならば、暴発するなんてことはないと思えた。なんでも完璧というものもないのは分かっている。しかし、持っただけで爆発する魔導具なんて、故意に造ろうとしない限り、そんなものが出来るはずがない……ということは、やはり誰かが爆発するように仕掛けた……。そうとしか思えなかった……。


「アシェルトは君を余程信頼しているんだな」

「え?」


 ライラ先生は苦笑しながら遠い目をした。


「あの当時アシェルトも取り調べられたとは思うが、あのときのアシェルトはかなり憔悴していて、魔導具の構造などは詳しく説明出来なかったらしい。「あの魔導具が暴発するはずがない」との一点張りで……設計図を見ただけでは調査委員には分からなかったらしくてな、私にも意見を求めにやって来たことがある。しかし、私にも詳しい仕組みまでもは分からなかった。だからアシェルトに説明を求めたのに、本人は説明出来るだけの冷静さに欠けていた。だから事故として片付けられたが……その後も誰にも魔導具の構造など説明しなかった……」


 私も聞いただけの話だがな、と付け加えながらライラ先生は辛い過去を思い出すように話す。


「今まで誰にも言わなかった内部構造……なぜそんなにひとりで調べようとしているのかは知らんが、アシェルトは誰にも心を開こうとはしなかった……それなのに今は君に魔導具の構造を教えたんだろ?」


 ニッと笑ってこちらを見たライラ先生。


 アシェルト様が私を信頼してくれている? そうなのかな……私のことを他の人たちよりも信じてくれているのかな……少しだけでもアシェルト様の心に近付けたのかな……。


 ライラ先生の言葉は嬉しいような、そわそわと恥ずかしいような……それでいて、本当に信頼してもらえているのだとしたら、なおさらアシェルト様へ言ってしまった言葉に後悔してしまう……。


 そんなことを悶々と考え込んでいると、ライラ先生は苦笑し、私の頭にポンと手を置いた。


「なにをそんな自信なさげなのかは知らんが、君が考えているよりはアシェルトは君を信頼しているのだろうし、あいつは一度信頼した人間はなにがあってもしつこいくらいに信頼しているだろうよ」

「しつこいくらいに……」

「ハハ、ラシャがうんざりしながら言っていたよ」

「ラシャ様が?」

「あぁ、アシェルトは私のことを信頼し過ぎだ、って。ラシャがどれだけ裏切るようなことをしても、なにか理由があるのだろうと信じていそうだ、って言ってたよ」


 そう言って笑うライラ先生。

 アシェルト様は一度信頼した人間はなにがあっても信頼している……だからといって私がアシェルト様を傷付けたことに変わりはないけれど……でも、私が言った言葉にも理由がある、そう思ってくれているのかな……。


「人見知りのややこしい奴だから誤解も多いかもしれないけれど、仲良くしてやってくれ、ってラシャはいつもそんなふうに言っていた。君もラシャと同じだろう?」

「ラシャ様と同じ……というのはおこがましいですけど……でも、私もアシェルト様の理解者になりたい……アシェルト様が私を信じてくれるなら、私もそれだけの想いを返したい……」


 なんだかモヤモヤとしていた心が晴れるようだった。私もアシェルト様を信じたい……。


「うん、なにか吹っ切れたか? 良い顔になった。それで良し」

「フフ、ありがとうございます」


 まさかライラ先生に励ましてもらえるとは思っていなかった。こうしてライラ先生と話したおかげでスッキリ出来たことに嬉しくなる。

 ずっと隣で黙って聞いていたノアはなんだか複雑そうな顔ではあったけれど……どうしたのかしら……。


「君はまあ……頑張れよ」


 そう言ってライラ先生はバシーンッ! と、ノアの背を思い切り叩き、ノアはグフッと前のめりになっていた……。


「で、ラシャの婚約か……」


 ライラ先生はそんなノアにアハハと笑い、そして真面目な顔になったかと思うと「フム」と顎に手をやった。


「本当はなにも言うつもりはなかったが……君のその真剣な想いは信じよう」


 机に肘を置いて頬杖をしたライラ先生は、少し躊躇うように話した。


「正直なところ、私もラシャの婚約は「ありそうだった」ということくらいしか知らない。ラシャから聞いたのは「婚約話が出たが断った」といったことだけだ。ラシャ自身も相手の家名は知らないようだったしな」

「知らなかった?」

「あぁ。父親から婚約の話を聞かされ、どうする? と、聞かれただけらしい。しかし、そのときすでにラシャはアシェルトのことを好きだった。だから正直に答えたそうだ。「好きな人がいる」と。そのため「父親は婚約を断ってくれたらしい」、という話を聞いただけだ。だからラシャ本人もどこの誰が婚約者候補として名が上がっていたのかは知らなかった」

「そうなんですね……」


 ノアと顔を見合わせた。ノアは先程までの複雑そうな顔から、ライラ先生のその言葉に考え込むような仕草を見せた。


 婚約者候補はどこの誰かは分からない……ラシャ様の事故には全く関係ないのかしら……。


「私の勝手な思い込みかもしれんが、ラシャ自身はなんとなく気付いていたような気はする」

「それは……なぜそう思うんですか?」

「んー、勘?」


 唖然としていると、アハハとライラ先生は笑った。


「親友だからこそ分かる表情ってものもあるだろ? 私にはラシャは相手が誰か気付いていて気にしているように見えた」

「そうなんですね……一体誰だったのか……」


 婚約者候補がラシャ様の事故に直接関係あるとは思えないけれど……でもなにか気になってしまう……。


「家同士のことだ。名誉にも関わるから下手に聞いて回るな。知りたいならソルファス家の人に聞け」


 ライラ先生は真面目な顔になり言った。


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