第20話 ライラ先生

 近道はないため、あちこち遠回りするはめになりながら歩き続け、学園正面入り口からはかなり離れた場所まで歩いてくると、広いグランドが現れる。普通科や騎士科も運動や訓練に使うグランドだが、現在は魔導科の魔法訓練に使われているようだ。


 遠目に見えるのはローブを着た大勢の生徒たち。授業の邪魔をしないようにと、ノアとふたりで少し離れた木陰でその様子を見守る。

 生徒たちはひとりずつ等間隔に広がり、手のひらに魔力を溜めているようだ。生徒たちから少し離れた場所に、生徒よりも年上の女性が声を張り上げ指導しているのが見える。


 黒いローブを羽織ってはいるが、その下から覗く服はカラフルな色合いで、靴も高いヒールを履いている。長くふんわりとした紫色の髪に、キリッとした綺麗な金色の瞳ではっきりとした顔立ちの女性は遠目から見ていてもかなり目立つ。


「ライラ先生、お綺麗なのは変わらずだけど……相変わらず派手だね」

「あぁ……」


 ノアとふたりで苦笑しながら授業を眺める。ライラ先生は魔法の腕も超一流で、性格もサバサバとしているのでかっこいい先生ではあるのだが、なんせ派手だった。顔立ちも派手なのだが、それ以上に服装や髪型が派手で目立つ。服装だけでなく、髪色なんかはしょっちゅう違う色になっていた。元々の髪色は一体どんな色なんだか、ハハ。


 ライラ先生の掛け声と共に生徒たちが一斉に魔法を発動させていた。今日は炎系の魔法らしい。手のひらに小さな炎を浮かび上がらせている。そしてそこからその炎を球体へと変えていく授業のようだ。あちこちで「失敗した!」といった声が聞こえてくる。


「あー、あの魔法変化って結構大変なのよね」

「だなぁ、俺も苦手だったな」


 そう言いながら笑うノア。私もあまり得意ではなかった。一度手のひらに発動させた魔法を、そこから維持しつつ変形させていく。その『発動済魔法を変化させる』という作業はかなりの集中力と魔力コントロールが必要となる。


「でもノアの魔法演舞は完璧だったじゃない」


 建国記念日の魔法演舞。あのとき行われる魔法演舞は、この魔法変化が最も重要となってくる。一度発動させた水魔法を、形を変えつつ、流れるように操っていくのだ。維持出来なければ水は空中で流れない上に、形を保てず流れ落ちてしまう。形を保ちつつ、それを舞うように操っていく。それはかなり高度な魔力コントロールが必要となる。さらに演舞ともなれば、それを長時間保つだけの集中力も必要だ。だからあの魔法演舞に出ることの出来る魔導師はそれなりに技術が上の者たちばかりだ。


「あー、まあな、魔導師団でもかなり訓練したからな。それなりには出来るようになったかな。ハハ」

「ドヤ顔」

「な、なんだよ、お前から褒めてくれたんだろうが」

「ハハ、まあね。あのときのノアの魔法、綺麗だったよ」

「お、おう」


 少し照れたような顔のノアは再び生徒たちに目をやった。しばらく授業の様子を眺めていると、授業終了の鐘が鳴る。それと同時に生徒たちからは一気に気が緩んだ声が広がり、そしてライラ先生の一喝で静まり返る。そのことに笑いそうになるのを堪えつつ見守っていると生徒たちは解散となった。


 わらわらと散らばり出した生徒たちの人垣向こう、ライラ先生はすでに私たちに気付いていたようで、ニッと笑い手を挙げた。

 私とノアはお互い顔を見合わせ頷き合い、そしてライラ先生の元へと駆け寄った。


「やあ、君たち、懐かしい顔だな! えっと……名はなんだったかな」


 にこやかなライラ先生に挨拶をしようと駆け寄った途端に、そう投げ掛けられ思わず苦笑してしまった。


「お久しぶりです。ノアです。現在は魔導師団に所属しています」

「ライラ先生、お久しぶりです。ルフィルです。私は……魔導師団は今はちょっと退団してまして……」


 言い淀んでしまった。魔導師団を辞めたことはともかくアシェルト様の元へと転がり込んだことはなんとなく言い辛かった。しかし、そんな私の躊躇いを吹き飛ばすかのように、ライラ先生はグイッと私の目の前に顔を近付け、じぃぃっと見詰めたかと思うと声を上げた。


「あぁ! 君か! アシェルトへ弟子入りしたという物好きは」

「うぐっ、物好きって……」


 ノアが苦笑しながら同情するような目を向けた。


「君らは確か魔導師団には同期入団だったか?」

「「はい」」

「それなのにひとりは一年ほどで退団か」

「うっ、す、すみません……」


 ジトッとした目で見詰められたじろいでしまう。目力が怖い……。そんなライラ先生の視線に苦笑しつつ、ノアが話題を変えてくれる。


「あ、えーっと、俺たちライラ先生に聞きたいことがあって来たんですけど……」


 穴が開きそうなほど、じぃぃっと見詰められていたが、ライラ先生はそのノアの言葉に顔を上げた。私はライラ先生の視線がノアへと移ったことで、小さく溜め息を吐くのだった。


「ん、なんの話かは知らんが、とりあえず部屋へ戻るから付いて来い」


 そう言ってライラ先生はスタスタと歩き出す。私とノアは今すぐにでも話を聞きたかったのだが、仕方ないなとばかりにライラ先生の後へと続いた。

 ライラ先生はどうやら今日はこの後、もう一限授業があるとのことで、手短に頼む、と念押しされながら部屋へとたどり着く。

 ライラ先生の専用部屋は乱雑してあり、なにやら怪しげなものが多く転がっていた。足の踏み場がない、というほどではなかったが、下手に触ると呪われそうな不穏そうなものがあれこれ転がっていて、若干引き攣りながら部屋の奥へと足を踏み入れる。


 怪しいものを乗り越えた先に、ライラ先生の机があり、椅子にドカッと腰かけたライラ先生はこちらに向き直り改めて聞いた。


「で、なんの話だ?」


 私とノアは顔を見合わせ頷いた。そしてライラ先生に話す。


「あの……ライラ先生はラシャ様と親友だったとお聞きしました」

「ん? ラシャ?」

「はい」


 ラシャ様の名を出した途端に怪訝な顔となるライラ先生。そのことに少し身体が強張る。触れられたくないことだったらどうしよう。そんな思いが言葉を出なくさせる。

 ノアはそんな私の態度に気付いたのか、私の背中をポンと叩いた。チラリとノアを見ると、真っ直ぐにこちらを見詰め、「大丈夫だ」と言ってくれている気がした。


「ラシャのなにを聞きたいんだ?」


 怪訝な顔のままライラ先生は真っ直ぐにこちらを見た。合わされた目は逸らされることなく、私の挙動を見逃すまいとするように見据えている。

 私は深く大きく深呼吸をすると、喉の奥につかえそうな言葉をなんとか引っ張り出した。


「ラシャ様はアシェルト様と恋人となる前に、婚約の話があったと聞いたのですが、ライラ先生はなにか詳しい話をご存じですか?」


 じぃぃっとこちらを見据えるライラ先生の視線に必死に耐えながら、必死に目を逸らさないよう見詰め返していると、ライラ先生は小さく溜め息を吐いた。


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