第17話 ノアの優しさ

 俯く視線の先にノアの足が目に入り、足先が触れそうなほど傍に立つノアに気付いたと同時にキツく抱き締められていた。一瞬なにが起きているのか理解出来ずに固まった。ただただノアに抱き締められるまま。


 背の高いノアの胸元に沈む顔。香水でも付けているのか、柔らかい仄かな香りが鼻孔を擽る。


「お前まで自分を責めるな」


 頭上から投げかけられたノアの低い声が身体に直接響く。そのことにドキリとし、一気に思考が戻ってくる。慌てて身体を離そうと、ノアの胸を両手で押すが、さらに一層力を籠められぎゅうっと背中と後頭部を抑え付けられる。


「ノ、ノア!!」

「うるさい。今は黙ってろ。今だけだ……今だけ俺に甘えてろ」


 そう呟いたノアの声は怒るようなそんな声音。でも……それがノアの優しさだと分かり泣きそうになった。


「お前までアシェルト様に引き摺られて自分を責めるな。お前とアシェルト様がどんなやり取りをしたのかは知らないが、お前がアシェルト様を想って言葉にしていることは、きっとアシェルト様も分かってる。今はまだ乗り越えられないだけだ。アシェルト様だって大人の男だぞ? お前が考えていることくらい、すでにアシェルト様だって気付いていたはずだ。ただ……お前に考えるきっかけを与えられただけだ……」

「そう……なのかな……」


 私がアシェルト様に追い打ちをかけた訳じゃない、と思っても良いのだろうか……。ノアは私を心配してそう言ってくれているだけなのかもしれない……でも今はそのノアの優しさに甘えても良いんだろうか……。

 まるで昨夜のアシェルト様とのやり取りを聞いていたかのように、私を慰めてくれる。そんなノアに感謝する。でもやっぱり私は……あんなことを言ってはいけなかったと、どうしても後悔してしまう……。


「そうだよ。俺だったら好……んぐっ、いや、じ、自分のことを心配して言ってくれる人の言葉なら、なにを言われても嬉しいだけだ。それがたとえ辛い現実だとしても……そのときは苦しくても落ち着けばすぐに分かる。それが自分のためを想っての言葉だって……」

「そ、そう、かな……」

「あぁ。俺の場合は、だけど……アシェルト様も……絶対そう、だろうしな……」


 なにやら最後はブスッとしたような声音で不思議に思い、抱き締められたままノアを見上げた。その顔はムスッとしていた。なんで?


「ノア?」


 ムスッとしたまま、なにやらぶつぶつと言っていたノアは、私が見上げていることに気付き、顔をこちらに向ける。お互い目が合い、あまりに近い顔にドキリとし、顔が熱くなった。ノアはギシッと固まったかと思うと、ハッとした顔となり慌てて身体を離す。

 背中と後頭部に回されていた手は私の肩を掴みグイッと押され、ノアは顔を逸らした。


「あ、あーっと……まあ、えっとそういうことで、お前はあんまり気にするな……といっても気にするんだろうけど、気にするな」


 顔を逸らしたノアの耳は赤かった。そのことになんだか私も恥ずかしくなるが、それよりもノアの優しさが嬉しくて、しどろもどろになりながらも精一杯私を励ましてくれているのが嬉しくて、笑った。


「フフ、ありがとう。ノアが友達でいてくれて良かった……本当にありがとう」


 心から感謝の気持ちを伝えた……つもりなんだけれど、ノアはなぜか嫌そうな? 複雑そうな顔をした。なんで?


 そして、なぜか再び抱き締められた。しかも力一杯……ぐえぇっ。


「ノ、ノア!! く、苦しい!! し、死ぬっ」


 ぎゅうぅぅっと抱き締められ、あまりの苦しさにノアの背中をバシバシと叩くと、ノアはムッとしながらも身体を離しボソッと呟いた。


「今はこれで勘弁してやる」

「え?」

「なんでもない! ほれ、今日もまた聞きに行くんだろ? 行くぞ」


 ノアはなんだか怒ったように大きな声で言ったかと思うと、くるりと踵を返し歩き出した。私はなんのことか分からずボケッとしていたが、慌ててそれに続いた。




 魔導師団の皆が休憩している食堂へと何度目かの訪問をする。何度となく顔を合わせるようになった先輩方は、私を見るなりにこやかに手を振ってくれた。食堂を見回すと、今日はアシェルト様やラシャ様たちと同期だった先輩方が多くいた。ここぞとばかりに話を聞いて回る。ずっと魔導具についての話ばかりを聞いていたため、そういえばと改めて当時の話を聞いてみる。


 万が一本当に命を狙ったものだとしたら、一体誰がなんのために魔導具に手を加えたのか。ラシャ様を狙ったのではなく、アシェルト様を狙ったのだとしたら理由はなんなのか。


 結局そこを堂々巡りしている気がする……。アシェルト様から魔導具の構造を聞いた限りでは暴発するような要素はないと思えた。だから魔導具に手を加えた人物がいるのかもしれない……。そうなると、それは……魔導師団のなかにいるのかもしれない……。仲間のなかにそんなことをした人物がいるかもしれない、そんなことは思いたくはない。だからそれを必死に否定しようとしている自分がいる。


 アシェルト様が「ひとりで魔導師団を調べないで」と言っていたのは、もしかしたらアシェルト様は最初から魔導師団の誰かを疑っていた? そうなのかしら……でも、それならこんなに長い間、魔導具だけを必死に研究したりせずに魔導師団の人たちを調べたら良いんじゃ……。


 私と同じ……? 仲間を疑いたくないから? だから必死に魔導具を調べていたの? 答えが出ないまま、ずっと……。


 このまま調べ続けるのは良いことなのかが時折分からなくなる……。調べ続けることで、誰かを傷付けたりするかもしれない……。現に私はアシェルト様を傷付けてしまった……。


 そんなことを悶々と考えていると先輩方に「大丈夫か?」と心配されてしまった。ノアも心配そうに私を見る。しまった。また色々と考え込んでしまっていた。慌てて取り繕い笑顔を向け話を続けた。


「あのとき演習場には何人いたんですか?」


 通常、魔導具の使用訓練は演習場で行う。部隊ごとに行うこともあれば、第一と第二で合同で行うこともある。先輩方は思い出すように話す。


「第一だけだったかな。しかも新しい魔導具として初めての使用訓練だったから、魔導具の数と同じ人数しかいなかった。だから二十人くらいだったかな? 訓練のときには魔導具の数自体がそれくらいしか作製出来なかったらしいんだ」

「そのときアシェルト様とラシャ様はどこに?」

「ラシャは演習場にいたな。バルトと一緒にいたかな?」


 先輩は顎に手をやり思い出すように話す。


「アシェルトはその魔導具を運んで来たから少し遅れて演習場に来たはず。自分が開発した魔導具だし、って言って自分で運んで来たんだよ。管理の鍵も団長であるアシェルトが持っていたと思うし」

「その鍵が置いてあるところって団長室にある棚ですか?」


 団長室、団長の執務机の横には書類を収納している棚がある。その一番奥に鍵の付いた扉があり、そのなかには危険物の管理部屋の鍵や機密書類などが収められている。


「そうそう。他の倉庫などの鍵や機密書類と一緒に管理されてあったよ」

「それはでも、皆さんそこに危険物などを管理している部屋の鍵があることは知ってますよね?」


 私でも知っているくらいだ。団員のほとんどはそれらが管理されてあることは知っていたはず。


「うん、知ってるけど、でもその棚の鍵自体が団長と副団長しか開くことは出来なかったからね」

「その当時の副団長って……」


 アシェルト様以外にも魔導具に触ることが可能だったかもしれない副団長……。


「バルトとクナムだよ」

「「クナム?」」


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