第18話 ラシャ様の婚約

 ノアの顔を見たが、どうやらノアも知らないようだ。首を横に振っている。


「あぁ、お前たちは知らないか。クナムはアシェルトが辞めた数年後に同じく辞めてしまったからな。俺たちのひとつ下だな」

「辞めたのはなにか理由が?」

「さあ……なんだったかなぁ。家の事情じゃなかったかな?」


 先輩方は顔を見合わせている。はっきりとは覚えていないのか、皆首を傾げながら必死に思い出そうとしてくれている。


「家の事情……」

「あぁ、確か跡を継がないといけなくなったとか言っていたような……」

「そうなんですね、じゃあ今は家を継いで?」

「多分そうじゃないかな? ここを辞めてからはすっかり連絡を取らなくなってしまったからよくは分からんが」


 うーん、家を継ぐために魔導師団を辞めたのなら、ラシャ様の事件には全く関係がない?


「クナム副団長の家名はお聞きしても?」

「カーヴァイン侯爵家」




 クナム副団長の話はあのとき演習場にいた、という話以上のことはなにも出てこなかった。というよりも、先輩方もすでに退団してしまっているクナム副団長の話はほとんど知らないようだった。年下だということもあるが、クナム副団長自身があまり自分のことを話さないひとだったらしい。真面目で無口、公私混同は一切しない、といった人物だったらしく、だからなのか辞めてからも特別交流を持ち続けている団員もあまりいないのでは、という話だった。


 先輩方は訓練に戻って行き、頭を整理させつつ、どうしたものかと座り込んでいると、少し後から入って来た別の先輩方が私とノアに気付き声を掛けて来た。ラシャ様と仲の良かった女性魔導師の先輩方だ。


「今日も話を聞いて回ってるのねー。なにか聞けた?」


 先輩方は食事のトレイを持ちながら、テーブルに置くと席に着いて行く。ひとりの先輩が複雑そうな顔で私に聞く。


「うーん、一応当時の話は聞けました」


 だからといって何が分かったということはない。まだ頭のなかが整理出来ていないのだ。そう苦笑すると、先輩方も苦笑した。


 先輩方は食事を開始しながら、「そういえば」と、ふとひとりの先輩が思い出したかのように話し出す。


「そういえばラシャってアシェルトと付き合う前に婚約する目前だったって聞いたことがあるわ……」

「婚約!?」

「なんか悩んでいるような様子だったからどうしたのか聞いたの。最初はなにも言わなかったけど、私たちがしつこく聞いたから少しだけ答えてくれてね」

「あぁ、そういえば私もその話覚えてる。アシェルトが気にするから、その話はここだけの話にしてくれって言われてそれきりだったわね」

「そうそう」


「だからアシェルトには内緒ね」、と口に人差し指を立て、苦笑しながら話す先輩方。私とノアは顔を見合わせ、そしてもう一度先輩に聞いた。


「その婚約目前だった方ってどこの誰なんですか?」

「うーん、そこまでは教えてくれなかったわね。実際婚約までいってなかったにしろ、お断りしてしまって相手に大変申し訳ないことをした、って言っていたから」

「ラシャ様の爵位ってなんでしたっけ?」

「えっと、確か侯爵家だったよ」

「侯爵家……」


 ノアと顔を見合わせ考える。先程話を聞いたクナム副団長も侯爵家……。


 侯爵家、婚約……。侯爵家の婚約ともなれば、それなりに大きなことじゃないのかしら……。家と家の繋がり、政略結婚……。あまり良い響きではないが、上級貴族ならばそんなことは当たり前のことだろう。

 それを断りアシェルト様と恋人関係となったラシャ様。なんだろう、なにも関係ないような気もするけれど、なにか引っ掛かる……。


 考え込んでいると、ひとりの先輩が話を続けた。


「気になるなら学園に行ってライラに聞いてみたら? ラシャとは親友だったからなにか聞いているかもよ?」

「ライラ……ライラってもしかしてライラ先生ですか!?」

「そうそう、確か卒業後は学園で教師になったのよね」


 先輩方の言う『ライラ』とは私もノアも通った王立学園の魔導科の先生だ。ノアとは学年が違ったため、同じクラスでの授業は受けたことがないが、ノアも魔導科、おそらくライラ先生のことは知っているはず。


 チラリと目線をノアへとやると、私同様、少し目を見開き驚いた顔をしていた。


 先輩方にお礼を言い別れ、ノアとふたりきりになったときに小声で話す。


「侯爵家の婚約話が気になるな……」

「やっぱりノアも気になる? 私もなんだか引っ掛かるのよね……。よくある話と言えばそうなんだけど……」


 少し考え込んでいるとノアが口にする。


「ライラ先生に聞きに行ってみるか?」

「そうだね……でも、ノアは魔導師団の仕事があるでしょ? 私ひとりで行ってみるよ」


 そう言うと、思い切り睨まれ溜め息を吐かれた。


「はぁぁ、あのな、ここまで付き合った俺を置いていくとか、なに言ってんの? 俺もここまで来たら真実を知りたいし、もし万が一、本当に事故じゃないのだとしたら……お前も危ないかもしれないんだぞ? それなのにお前ひとりで行動させられる訳ないだろうが」


 そう怒られながら、頬っぺたを思い切り抓られ、引っ張られた。


「い、いひゃい!! いひゃいから!! ご、ごめん!!」

「ブッ」


 思い切り噴き出したノアは私の頬から手を離すと、顔を逸らし肩を揺らしていた。


「ちょ、ちょっと笑わないでよ。自分がしたくせに!!」


 頬を引っ張られ、明らかにブサイクな顔になっていたのだろう、ということは分かるが、ノア自身がそうしたのに笑うとか失礼過ぎるでしょ!


「ブフフッ、いや、ごめん……んん、えーっとなんだ、そう、俺も一緒に連れて行けってこと!」

「なんか笑いながら言われても……」


 ムッとしながらも、ノアの言い分も理解出来るのでそこは諦めて同行してもらうことにした。ノアを頼り過ぎている気がするから、気が引けるんだけどね……。


 そしてノアにも昨夜アシェルト様から聞いた魔導具の構造について話をした。なるべく主観が入らないよう事実だけを。ノアは顎に手をやり、しばらく考え込んでいたが、しばらくすると顔を上げ、「分かった」とだけ呟いた。

 その後、今後の予定をノアと擦り合わせ確認した後、ノアから提案される。バルト団長にはラシャ様の婚約の話は報告しないでおこう、ということに。


「バルト団長に報告しないのはアシェルト様も関係しているから?」

「ん? あー、いや、確かバルト団長も侯爵家だからな……ラシャ様が相手の家を慮って隠していたのなら言わないほうが良いかな、と。クナム副団長も侯爵家だし……」

「あぁ、なるほど、バルト団長は周りに吹聴したりしないだろうけど、侯爵家同士ならなにかしら繋がりがあるかもしれないしね。アシェルト様にも報告出来ないことだし……」

「うん、まあ……」


 貴族同士の繋がりなど、貧乏男爵家だった私には無縁の世界だが、ノアも確か伯爵家だったはず。だからおそらく私なんかよりは上級貴族のややこしい事情に詳しいのだろう。ノアはなにか考え込むように宙を見詰めていた。


 その後バルト団長に挨拶するときは、当時演習場にいた人数を聞けた以外にはなにも聞くことは出来なかったとノアがさらっと報告し、若干私は顔に出そうになり必死に堪えたのだった。そして後日、ノアが休みの日に合わせ、学園にいるライラ先生へと会いに行くことになった。


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