第16話 アシェルト様の涙
「それに、それでいくと、ラシャ様がそうやって魔導具を交換していなければ、アシェルト様が死んでいたかもしれないということですよね!? もし事故でないのだとしたら、それはもしかしたらアシェルト様が狙われていたかもしれないということでしょ!?」
「そう……だね」
「それならラシャ様はアシェルト様を守りたくて交換したのかもしれないじゃないですか! 偶然じゃなくて、ラシャ様がそうしたのかもしれない。それなのにアシェルト様は自分を責めるだけで、ラシャ様の想いをなかったことにするんですか!?」
勝手な言い分だ。ラシャ様がアシェルト様を守りたくて交換したのかどうかなんて分かるはずもないのに。私がそう思いたいだけなのよ。でも……私がラシャ様の立場だったら……もし魔導具の不備に気付いていたのだとしたら……きっとアシェルト様を守りたくてそうしたと思うから……。
アシェルト様は少し驚いた顔となり目を見開いた。そして、考え込むように俯く。
「そう、だね……ラシャは僕を守ろうとしてくれたのかもしれない……もしそうなのだとしたら…………そんなことはして欲しくなかった……」
顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見詰めたアシェルト様の瞳からはホロリと大粒の涙が零れた。眉間に皺を寄せ、眉を下げ、無理にでも笑おうといている顔……。
「あぁ……ごめんなさい!! 違うの!! アシェルト様にそんな悲しい顔をさせたかった訳じゃ……」
両手で顔を抑えたアシェルト様は俯き、涙を必死に堪えているようだった。しかし、感情を抑えきることなど出来るはずもなく、肩を揺らすアシェルト様からは悲鳴にも似た小さな嗚咽が漏れ聞こえた……。
私はなんて馬鹿なことを……ラシャ様の気持ちがもしそうだったとしても、アシェルト様にしてみれば、『ラシャ様を死なせた』という事実に『ラシャ様に守られた』という事実が追加されただけで、アシェルト様の後悔や自身を責める想いがさらに大きくなるだけじゃないの……。
私まで泣きそうになってしまい必死に耐える。私が泣いて良いはずがない。私は……アシェルト様に追い打ちをかけてしまった……。
私は蹲るアシェルト様の頭をぎゅっと抱き締めることしか出来なかった……。
その後、アシェルト様はしばらく動くことが出来なかった。床に蹲り、必死に耐え、声を殺して泣いていた……。私はそんなアシェルト様を抱き締めていたけれど、アシェルト様が少し落ち着き研究室に籠ってしまう姿をただ黙って見ていることしか出来なかった。アシェルト様は小さく「ごめんね」と呟くだけだった……。
ごめんね、ってなによ……どうしてアシェルト様が謝るのよ……私が……私のほうが謝らないといけないのに……。私は結局アシェルト様の支えになんてなれていなかった……。悔しい、情けない……私は自分の想いをぶつけただけ……アシェルト様の苦しみを本当の意味で理解出来ていなかった……。これほど自分のことが嫌になったことはない……。
私はひとり自身の部屋へと戻り、その夜は寝付けなかった。
翌日、アシェルト様は朝食の時間に現れなかった。案の定研究室で机に向かい寝落ちしている……。しかし、私は声を掛けることが出来なかった。眠るアシェルト様の顔は今まで以上にやつれているように見え、目は泣き腫らしたように見える。
今までもこうやって寝落ちしている姿は疲れているように見えた。しかし今日は泣き疲れたかのような姿……。
アシェルト様をひとりで泣かせてしまった……私では寄り添うことは出来なかった……。
胸を抉られるように苦しくなる。私はアシェルト様に笑ってもらいたいだけなのに……どうして悲しませてしまうのかしら……どうして笑わせてあげられないのかしら……。
涙ぐみそうになり、グッと拳を握り締める。私に泣く権利なんてない……。机に突っ伏しているアシェルト様に毛布を掛け、キッチンに食事の準備だけをして家を出た。
とにかく私はラシャ様の死の原因を探るしかない……魔導具の不備による暴発事故なのか……それとも命を狙ったものだったのか……それが分かっても、アシェルト様にしてみれば、やはり『自分のせいでラシャ様を死なせた』という事実は変わらないのかもしれない……。でも……それでも……。
どうすることが正解なのかは今はまだ私には分からない。でも、進むしかない……。
魔導師団へと向かいバルト団長に挨拶をした後、ノアと合流する。ノアはいつも通りの姿で現れたが、私の顔を見ると怪訝な顔をした。
「大丈夫か?」
「え……」
「なんか疲れてる? 酷い顔だぞ」
顔を覗き込まれ、心配そうな顔を向けられる。
「あー、ハハ、うん、大丈夫……いや、ちょっと疲れてる……かも?」
そう言い苦笑した。そういえばバルト団長にも聞かれたのだった。そのときは大丈夫だと笑って誤魔化したけれど、ノアはやはり近い存在だからか、安心してしまい本音が漏れてしまう……。駄目だ……ノアに甘えてばかりなんだから心配かけちゃ駄目よ……。
「ごめん、なんでもない。行こう」
「……昨日のことか? アシェルト様から話を聞いたのか?」
歩みを進めようとすると、ノアは私の肩を掴み制止させる。そして真面目な顔を向けた。昨日ノアと共に魔導師団の皆から話を聞いて知った事実。そこからアシェルト様から聞かされた事実とアシェルト様の想い。それが心に重くのしかかる。
「さすが親友……親友だと思ってるのは私だけかもしれないけどね、ハハ。でもノアにはすぐにバレちゃうから駄目だなぁ」
どれだけ取り繕ってもノアにはすぐに見透かされている気がする。そう思い苦笑する。ノアの顔を見上げ笑っていると、ノアはなんだか複雑そうな微妙な顔をし、私の頭にポンと手を置いた。
「俺は…………、はぁぁあ……」
めちゃくちゃ大きな溜め息を吐かれた。そしてグイッと頭を抑え付けるように力強くワシワシと撫でられ髪の毛がぐちゃぐちゃになる。
「ちょ、ちょっと……」
「あぁ、もう!!」
「な、なに!?」
散々頭をワシワシとされた後、ようやく解放された私の髪の毛は見事なぐちゃぐちゃに……。それを見て笑うノア。ちょっと!
ブツブツと文句を言いながら髪を手櫛で直していると、ノアはフッと笑い、そして呆れるような、しかし優し気な顔を向けた。
「……あのさ、お前はそのひとりで抱え込む癖をなんとかしろ。アシェルト様を支えるよりもお前が先に潰れるぞ?」
「支え…………私は支えられてなんかいなかったのよ……」
「ん?」
「私が追い打ちをかけちゃったの……」
「…………」
アシェルト様を追い詰めてしまった私が、ノアに支えてもらうなんてこと出来るはずもない。私ひとりが楽になるなんて、そんなこと私自身が許せない……。俯き拳を握り締める。
そのとき、足音が近付いたかと思うと……ノアに抱き締められた。
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