第7話 正直な気持ち

「ア、アシェルト様……、ご、ごめんなさい!」


 突然現れたアシェルト様に驚き、私は思わず立ち上がり謝った。どういう顔をしたら良いのか分からない。ノアが傍にいてくれて、少しは落ち着いたけれど、まだ自分のなかで整理出来ていないのよ。

 アシェルト様からなんて言われるかが分からない。それが怖い……。身体が強張る。アシェルト様の顔を見ることが出来ない。


「ルフィル……」


 近付いて来る気配を感じ、ビクリとする。そんな私の態度を見て、ノアが私の前に一歩踏み出した。


「アシェルト様ですよね? 俺は魔導師団のノアと言います。ルフィルとは同期でした」

「あ、あぁ……」


 チラリと顔を上げると、ノアの背中が見える。おかげでアシェルト様の姿は見えない。そのことにホッとしてしまう自分がいた。


「なにがあったのかは知りませんが、ルフィルは俺が来る前から泣いていた。貴方となにかあったんでしょ? 今は貴方が顔を見せるべきではないと思いますが。俺が傍にいますから。落ち着いたら送って行きます」

「…………」


 ノアは冷静に言った。アシェルト様の顔は見えないけれど、なにを考えているのかしら……。ノアに頼る訳にはいかないけれど、今はまだ……もう少しだけ……時間が欲しい……。もう少ししたらきっといつも通りの私に戻るから……アシェルト様を困らせない私に戻るから……。


「ルフィル……怒ってごめん……一緒に帰ろう……」


 ノアに隠れて見えないがアシェルト様の悲しそうな声が聞こえる。

 どうしてそんな悲しそうな声なの? 私に怒ってしまったことを後悔しているの? アシェルト様も傷付いているの? もう怒ってはいないの?


 そんなアシェルト様の声が気になり、ノアの服を掴んだ。私が服を掴んだことに気付いたノアは、私に振り向く。心配そうな顔を向けるノアに、精一杯笑って見せた。


「ノア、ありがとう。私は大丈夫……」


 本当はまだ怖い。アシェルト様の顔を見るのは怖い。でも……あんな悲しそうな声で名を呼ばれたら……私はアシェルト様を悲しませたい訳じゃない……。


 ノアの陰からそっと足を踏み出し、アシェルト様の前に出る。身体が強張る。しかしゆっくりと顔を上げた。そこには泣き出しそうな、嬉しそうな……眉を下げながら微笑んだアシェルト様がいた。


 悲しそうな顔ではある。しかし嬉しそうでもある。それは今まで見たことのないような表情だった。張り付けられた仮面の笑顔でもない。ラシャ様を想う優しい笑顔や悲しい顔でもない。これは私だけに向けられた顔。


 私のことを少しでも心配してくれていたということ? 怒ったことを後悔していたということ? 私を迎えに来てくれたということは、私を必要としてくれているということ?


「ごめんよ……あんな風に言うつもりはなかった……でも、ルフィルを傷付けたことには変わりはないことも分かっている……。それでも……一緒に帰ってもらいたい……僕たちの家に……」


 アシェルト様はそっと手を差し出した。その手をすぐに取ることは出来ずに躊躇った。アシェルト様がこうやって謝ってくれた。一緒に帰ろうと言ってくれる。それだけで私は幸せな気持ちになった。しかし、躊躇う理由はなんだろう。


 この手を取ったところで、きっと今までとなんら変わらない。無理矢理押し掛けた弟子という立場でもある。私とアシェルト様の間には壁があるままだ。受け入れてくれている訳ではない。それは分かっている。

 ラシャ様のことが解決しない限り、アシェルト様はどこにも進めない。今までそれを分かっていて支えてきた。でも今は分からなくなってしまった。


 アシェルト様が私を見てくれないのが辛い。私を見て欲しい。ラシャ様を想っていても良いから、私のことも見て欲しい。アシェルト様が前に進むための手伝いをさせて欲しい。


 明確な拒絶を感じて、私の想いもよりはっきりとした気がする。私はやっぱり手伝わせてもらえないのが嫌なんだ。前に進むための手伝いをさせてもらえない、ということは、私は今もこれからもずっと必要ないということを突き付けられているようで嫌なんだ。


「ルフィル……」


 アシェルト様は手を差し出したまま、じっと私を見詰めていた。私は……


「アシェルト様……私は貴方のお手伝いがしたいんです。ラシャ様が亡くなった原因の魔導具。あれを調べるためのお手伝いがしたい。手伝わせてください。お願いします」


 アシェルト様は驚いた顔をした。私は今までアシェルト様に自分の考えは口にしたことはなかった。触れてはいけないことだと思っていたから。でも、もうなにも聞かずに黙っていることは出来そうになかった。


 拒絶されるなら仕方がない。もうそのときは諦めるしかない。ここで再び拒絶されるのなら、私はこの先永遠にアシェルト様に必要とされる人間にはなれないということよ。そのときはきっぱりと弟子も辞めて諦めるしかないのよ。

 でも、こうやって私を探しに来てくれたことで少しでも希望があるんじゃないか、とそう思ってしまった。


 ノアが心配そうに私の肩を掴む。けれど、私はもう決めたわ。


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