第8話 お互いの変化

 アシェルト様は差し出していた手をグッと握り締め俯いた。


「僕は……君を巻き込みたくないんだ……」

「分かっています。でも私は私の我儘だろうが、無理矢理だろうが、アシェルト様には前に進んでもらいたいんです。そのためならアシェルト様が許さなくても勝手に調べます」


 考え込み俯いていたアシェルト様はガバッと顔を上げた。


「勝手になんて許さない!」

「なら、私に手伝わせてください」

「…………ハァァァ」


 大きな溜め息を吐いたアシェルト様は、再び手を伸ばしたかと思うと、私の頭に置いた。そしてワシワシと撫でると、もう一度溜め息を吐いた。


「ハァァ、君には負けるよ……」


 そう言いながら苦笑するアシェルト様。ワシワシと撫でるその手は優しく、そしてその目は優し気だった。


「僕の知らないときに知らないところで勝手に調べない。見聞きしたものは必ず全て僕に報告すること。分かった?」

「!! はい!!」

「それと……決して一人で魔導師団を調べないで……」


 そう言うとアシェルト様は横に立つノアにチラリと視線を移した。その視線に気付いたノアはアシェルト様へと真っ直ぐ向き直った。


「魔導師団では俺が傍にいますよ」

「ノア! そんな、悪いわよ……」


 ノアの腕を掴み訴えた。私がラシャ様のことについて調べたいのは私の我儘だ。ノアを巻き込みたくなんかない。そう思ったところでハッとした。これは、アシェルト様が私に対して巻き込みたくないと思っていたのと同じ?


 アシェルト様にチラリと視線を向けると、私の考えていることに気付いたのか、目が合うと苦笑した。そしてノアも同じように苦笑し、私の頭に手を置いた。


「お前自身が調べるのを止めるつもりがないなら、黙って従っとけ」

「……うん、ごめんね、ありがとう」


 ノアはフッと笑い、私の頭をワシワシと撫でた。


「さあ、帰ろう? ルフィル」


 アシェルト様は改めて私に向かって手を差し伸べた。私は……今度こそは……その手を掴んだ。

 伸ばされた手にそっと手を重ね、アシェルト様ははにかむように小さく笑い、私の手をぐっと握った。あぁ、初めての笑顔……ほんの少しだけれど、それでも私に向けてくれた優しい笑顔。嬉しい。ほんの少しずつでも、私に心を開いてくれているのかと思えることが心から嬉しい。


 アシェルト様に手を引かれながら、ノアに振り向いた。


「ノア、ありがとう」


 そのときのノアは驚いたような顔をしたが、すぐさま眉を下げながらも笑顔で手を振ってくれた。


「ルフィル! 今度建国記念日の演舞に俺も出るから見に来いよ!」

「建国記念日の演舞……」


 それは私が初めてアシェルト様の魔法を見た、あの魔法演舞……。チラリとアシェルト様の背中を見た。アシェルト様は聞こえているのかいないのか、なにも反応はなかった。一緒に見に……は行ってくれないわよね……。魔導師団の演舞なんて見に行ったら、ラシャ様を思い出してしまうものね……。


「分かった! 頑張ってね!」


 もう一度ノアを振り返り、そう言って手を振るとノアは嬉しそうに笑っていた。



 その後、アシェルト様の家までの道のり、私たちはずっと手を繋ぎ、アシェルト様に引かれて歩いた。なんだかそわそわとした気分になり、手汗を掻いていそうで離したいような、でも離したくなくて、黙ってずっと繋いでいた。


 ひんやりと夜風が冷たいのに、私はなんだか顔が火照り、アシェルト様も一度もこちらを振り向かない。静まり返った街中を二人で歩く音だけが響く。なにも言葉にしない静けさが緊張感を増し、どうしようか、なにか話しかけようか、とあわあわ考えている間に、家が見えて来てしまった。

 ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちになりながら、アシェルト様は繋いでいた私の手を離した。


「あっ」


 もう少し握っていたい、と思ってしまい、思わず離れそうになったアシェルト様の手を掴んでしまった。アシェルト様は驚いた顔でこちらに振り向き、大きく目を見開いていた。そんな顔にクスッと笑う。


 さっきまであんなに辛かったのに、今こうして笑えている。あのことをきっかけにアシェルト様はなんだか少しずつ色々な表情を見せてくれている気がする。こんな驚いた顔も初めて見たわ。それが嬉しくなり、アシェルト様の手を両手でそっと握った。


「アシェルト様、迎えに来てくれてありがとうございます」


 そうやって真っ直ぐにアシェルト様を見詰め、笑顔を向けた。きっと私も今まで見せたことがないくらい最高の笑顔を見せられているのではないかしら。

 今まで私もアシェルト様の傍にいて、いつも表情を作っていたような気がする。頑張って笑顔で、辛い顔を見せないように。それは結局、アシェルト様の仮面と同じだったのかもしれない。


 今、やっと心からの笑顔を向けることが出来た気がする。


 アシェルト様は目を見開いたまま「うん」とだけ答えると、すぐさま顔を逸らしてしまった。しかし、チラリと見える耳は赤く染まっていた……。


 あぁ、やっぱり私はアシェルト様が好き。


 家の扉を開けるアシェルト様の背中を見詰めながら、改めて思った。


 必ずラシャ様の死の原因を見付けるわ……。


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