第4話 私の居場所
「どうした? 大丈夫か?」
なにやら昔の記憶に入り込んでいたらしく、バルト団長が心配そうな顔で覗き込んでいた。
「あぁ、すみません。なんでもありません。つい昔のことを思い出して。バルト団長のおかげでアシェルト様の元へ弟子入り出来たなーと。あのときの手紙って、なにを書いていたんですか?」
「ん? 秘密だ」
そう言っていたずらっぽく笑うバルト団長は少し子供のようでクスッと笑った。
そうしてひとしきり世間話をしたあと、納品代金と再び依頼をもらい、お礼をしつつ団長室をあとにした。
団長室からいつも通りまた城門まで向かっていると、見知った顔が見える。
「ノア、久しぶり!」
背の高い黒髪の男の子がこちらに振り向く。綺麗な紫の瞳の彼は私が魔導師団にいたときの同期だ。
「ルフィルじゃないか! 元気だったか?」
にこやかに駆け寄って来るノアは、久しぶりに会った同期に喜んでくれているようだ。笑顔で挨拶を交わしてもらえると嬉しくなる。
「うん、元気だよ。ノアは?」
「俺も元気だ。今日は納品か?」
「そう」
「まだアシェルト様のところにいるんだな」
そう言いながら苦笑するノア。私が魔導師団を辞めると言ったときに、物凄く怒って止めてくれた仲間の一人だ。
私が入団した年は私とノアしか新団員がおらず、そのおかげか私たちは非常に仲が良かった。
だからなおさら私が辞めることに反対をしてくれていた。
しかし私が最初からアシェルト様に憧れて入団したことを知っていたノアは、最終的に「頑張れよ」と、背中を押してくれたのだった。
「うん……」
「あー、お前は最近なんの研究をしてるんだ?」
アシェルト様の研究はほぼラシャ様に関係することばかりだ。だからあえて『お前は』と聞いてくるノアの気遣いが嬉しかった。
「私は……障壁結界……?」
「なんで疑問形なんだよ」
苦笑するノア。
「だって……」
そう言いかけて口を噤んだ。だってこれはアシェルト様が研究していることだから。それをこっそり後ろから覗いたり、実験しているところ見ていたり、と、師匠から盗んで学ぶしかない私のやり方だ。
アシェルト様は私になにか教えたりしない。無理矢理弟子入りした身だ。だからアシェルト様が教えたくない、と言えば、それを受け入れるしかない。
でも勝手に見て覚えることに対しては、拒絶しない。覚えたいなら自分で覚えろ、という放任主義だ。
だから私はアシェルト様が拒絶しない限りは、勝手に弟子を名乗り、見て盗んで自分で勉強していくつもりだ。
おそらく障壁結界もラシャ様のことがあったからこそ研究をしているのだ。
それを分かってはいるからこそ、複雑な気分にもなる。しかしそんなことはアシェルト様には関係ないし、ましてやノアにも関係のない話だ。
私が研究しているのは、アシェルト様が研究をしていることを自分なりに昇華させること。それだけ。
「うん、障壁結界の研究。いつかは最強の障壁結界を発動させてみせるわ」
なにかを察してくれたのだろう、ノアはそれ以上聞かなかった。
「そうか」
そう言い、私の頭にポンと手を置いた。
「頑張れよ」
「うん、ありがとう」
ノアはなにやら複雑そうな笑顔を向けると、「じゃあな」と言って去って行った。
そんなノアの後ろ姿を見送りながら、私の居場所はどこなんだろう、となんだか少し寂しくなった。
私の居場所……魔導師団に籍は置いてもらっているが、自分から出て行った身だ。私の居場所などもうないと分かっている。
だからといってアシェルト様の元にいることに、自分の居場所があるとも思えない。アシェルト様は……。
暗い考えに染まりそうになり、頭をブンブンと振って追い払う。
私は自分で選んだ道を行くだけよ……。
そう、自分に言い聞かせた。
くるりと踵を返し、勢い良く歩き出す。
足を止めちゃ駄目。
ノアと別れたあと、街へと戻り、買い物をして帰る。商店街の人たちとは顔見知りとなっていたため、色々おまけしてもらいつつ、食料を買い出し、両手いっぱいに荷物を抱えアシェルト様の家へと帰った。
アシェルト様の家は街のはずれにある。一人で暮らすには大きい家。
部屋が四部屋あり、キッチンダイニングがあり、風呂やトイレ。一部屋はアシェルト様の寝室、もう一部屋はアシェルト様の研究室。残りの二部屋は空き部屋として荷物置きになっていた。
そこへ私が押し掛け、一部屋いただいたという訳だ。
「アシェルト様、ただいま帰りましたー」
そう声を掛けながら、食料をキッチンへと運び片付けていく。
アシェルト様からの返事はない。おそらくまた研究に没頭しているか、寝落ちしているのだろう、と溜め息を吐いた。
「アシェルト様、入りますよ?」
扉を叩き、研究室へと入る。案の定寝落ちしていた。
溜め息を吐き、いつものごとく毛布を背中に掛ける。
机に突っ伏したまま眠るアシェルト様の目には薄ら隈が出来ている。
「せっかく綺麗なお顔なのに……」
顔にかかった綺麗な銀髪をそっと後ろに撫で上げ、頬に指をそっと這わせる。
「いつまでそんな無茶をするんですか? いつか本当に倒れちゃう……」
恋人が死んだ原因を探りたい気持ちは痛いほど分かる……だって、私だってきっとアシェルト様がそんな死に方をしたらきっと原因を探りたくなるだろうから……。
でも……私は貴方にそんな無茶をして欲しくない。このままではアシェルト様が死んでしまいそう。
そんなこと……ラシャ様も望んでいないと思う……。そう私が思いたいだけかしら……。
自嘲気味に笑った。
いつになったら私を見てくれる?
原因がハッキリしたら前に進んでくれる?
そしたら私のことも貴方の視界に入れてくれる?
傍にいてもいつも遠くを見ているアシェルト様。私と話していても、私を見ていない。いつもラシャ様のことしか頭にない。
「私は……貴方が好きなのに……」
ホロリと涙が零れてしまった。ハッとし、慌ててグイッと涙を拭いた。
アシェルト様は私のことを家族……妹くらいにしか思っていないものね……。傍にいたいなら今の関係は壊せない。私にはまだこの関係を壊す勇気がない。
踏み込んでしまって拒絶されるのが怖い……。
二度と傍にいられなくなるのが怖い……。
だから私は妹を演じるしかないのよ……。
再びホロリと零れた涙をグイッと袖で拭き部屋から離れた。
「ルフィル……ごめんね……」
音になるかならないかの、ほんの小さな声は誰の耳にも届かなかった。
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