第3話 アシェルト様への想い
こうやって話していると入団した頃のことを思い出す。
意気揚々と喜んでいたのも束の間、アシェルト様がいないということにショックを受け、バルト団長が慰めてくれた。
そして魔導師団の仕事が終わるたびに、アシェルト様の行方を捜し、色んな人から話を聞いた。魔導師団から聞くのはやはりアシェルト様とラシャ様の話。どれだけ仲睦まじかったか、あの事故は悲惨だった、ラシャ様が事故に遭われたときのアシェルト様の取り乱しようなど……聞いているだけで悲痛な思いとなった。
街へ出て、アシェルト様の容姿から聞き込みをし、あちこち探してようやく発見したのが、今の家。
街の外れにポツンと建つ家。そこにアシェルト様はいた。
扉を叩き、なかへと声を掛けるとアシェルト様は出て来てくれたけれど、私が魔導師団の人間だと分かった途端、怪訝な顔となり、扉を閉められた。
何度となく訪問してみたが、いつもそうやって門前払い。
『貴方の魔法に感動したんです。貴方の魔法が見たいんです。だから私は魔導師になったのです!』
そう、何度も何度も言葉にした。
『バルト団長も心配しておられましたよ?』
そう言ったとき、初めてアシェルト様の表情は少し和らいだ。『バルトは元気にしている?』と、初めてまともに会話をしてくれたのだ。
それからは、次第に少しは心を開いてくれるようになったのか、アシェルト様は家に招き入れてくれるようになった。しかし、入ったその家は……見事な汚部屋だった……。
不衛生、ということはないのだが、なんせ多くの書物が散乱し、研究のための道具やら書類やらがあちらこちらの部屋に転がっていた。
ベッドは綺麗に整えられてある割に、使った形跡がなく、この人はどこで寝ているのだ、と疑問になったが、それはすぐに判明した。
何度となくお邪魔しているうちに、次第に部屋の片付けをするのが日課となっていたため他の部屋にいた。そのとき、ふとアシェルト様の気配がないなぁ、と思い、研究室を覗いてみると、寝落ちしたアシェルト様がいたのだ。
そのとき『なるほど』と一人納得したのだった。ベッドが綺麗な理由は使っていないから。まともにベッドで寝るということをしていないのだな、と分かり、何度となくベッドで寝るように促してみたが、やはり変わらなかった。
それだけずっと身を削ってまで例の暴発した魔導具を調べているのか……、と少し苦しくなった。
買い物に出れば、後ろを付いて歩き眺めていると、あからさまなぼったくりに遭っていて、思わず助けに入ったかと思えば、必要ないものまで売りつけられそうになっているわ、財布はスラれそうになっているわ、で段々とイライラしてきた私は思わずアシェルト様に怒鳴った。
『アシェルト様! もうちょっと危機管理能力を身に付けてください!』
キョトンとしたアシェルト様は苦笑しながら言う。
『だって、断るほうが面倒じゃない。僕は余計なところに力を使いたくないんだ』
そう言ったアシェルト様はキラキラと銀髪が風に揺らいで綺麗なのに……どこか消えてしまいそうな儚さで怖くなった……。
アシェルト様は『生』への執着がないんだ……。きっと今生きているのはラシャ様が死んだ原因を探るためだけ。それがハッキリしたとき、きっとアシェルト様は……遠くに行ってしまう気がする……。
『おっと』
そのときアシェルト様の足元に小さな子供がぶつかり、盛大にこけた。子供は泣き出し手を擦り剥いていた。
アシェルト様はその子の前で膝を付き、両手を取った。掌を見るように上向けさせると目を瞑りなにかを呟き出した。
あ、これ、治癒魔法……。
アシェルト様の両手からは治癒魔法が発動し、子供の両手を包み込むように握ると、淡く光り出す。それはなんだか優しい色で、私自身や他の人が発動させる治癒魔法とはなんだか違う気がした。
『はい、治ったよ。気を付けてね』
子供は驚いた顔、そして目を輝かせ喜んだ。アシェルト様は子供の頭を撫で、ふわりと微笑んだ。
その顔にドキリとする。こんな笑顔を見たことがない。こんな優し気な笑顔を向けられたことがない。私と接するときはいつも悲しい顔。困ったような笑顔。嬉しそうな顔や優しい笑顔なんて見たことがない……それが酷く悔しかった……。
あぁ……私はアシェルト様のこんな笑顔が見たいんだ……憧れだけじゃない……好きなんだ……。
その瞬間に私は自分の気持ちを理解した。私はアシェルト様に幸せになってもらいたい。ラシャ様を好きな気持ちは仕方ない。亡くなった恋人に勝てる訳がない。そんなことは分かっている。私は今のラシャ様を想い続けているアシェルト様を好きになったのだ。
だけど……死者に魂を捧げるような生き方をして欲しくはない。そう思った。
ラシャ様を忘れなくて良い。でも……前を向いて生きて欲しい。
私はアシェルト様を支えたい。
その後、私は魔法師団に退団の願いを出した。皆に止められたが私の決心は変わらなかった。バルト団長は溜め息を吐きながらも、私の想いを理解してくれ、いつでも戻って来いと言ってくださった。
アシェルト様宛ての手紙を託され、私は荷物を抱えてアシェルト様の元へと向かったのよ。
バルト団長が手紙になんて書いてくれたのかは分からないが、それを読んだアシェルト様は困ったような顔で笑ったが、なんとか私を受け入れてくれたのだった。
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