第2話 魔導師団
魔導師団へ向かうため一人歩きながら色々と頭のなかを巡るのは、アシェルト様の恋人のこと。
アシェルト様の恋人は事故で亡くなった、それが魔導師団のなかで団員たちの共通認識だった。
しかし、アシェルト様は恋人が亡くなった事故そのものを疑っていた。
あれは事故ではない、そう言ってずっと原因を探るため研究を続けている。
団長だったときにそうやって研究に没頭しだし、魔導師団の仕事に影響が出るようになった。そのためアシェルト様は皆が止めるのも聞かず、退団したのだそう。
今は魔導師団から依頼される、回復薬の精製で収入を得ている。
アシェルト様が辞めたあと、団長となったバルト団長が心配をしてアシェルト様に特別依頼をしている。
アシェルト様とバルト団長は元々同期で親友だったらしい。
だから私がアシェルト様に憧れて入団し、アシェルト様がいないことにショックを受けたときも、心配をしてくれ、アシェルト様を探す手伝いをしてくれた。
そして、私がアシェルト様に弟子入りしたいから辞める、と話したときも、心配してくれ、籍だけ残しておく、と仰ってくださった。
だから私は、一応表向き魔導師団は辞めたことになってはいるが、バルト団長の計らいで、籍だけはそのままにしてもらっているのだ。いつかもしアシェルト様の弟子を卒業するときが来れば戻って来い、と。
今もずっとアシェルト様と私のことを心配してくださっている。バルト団長様々だ。
そうこうしているうちに王城へとたどり着き、門番といつもの挨拶を交わし、魔導師団まで納品に向かう。
慣れ親しんだ魔導師団の施設を歩き、団長室の扉を叩く。
「バルト団長、ルフィルです。回復薬の納品に参りました」
「あぁ、どうぞ」
扉を開けなかへと入ると、深緑色のキッチリ整えられた髪、金色の瞳の精悍な顔付きの男性、バルト団長がいた。
「やあ、ルフィル、お疲れ様。いつもありがとう」
部屋のなかへと足を踏み入れ、応接椅子の前にあるテーブルに持って来た回復薬を置く。
木箱に入った小瓶二十本。本来なら魔導師団内で精製している回復薬を、バルト団長の計らいでアシェルト様に発注してもらっている。
「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」
バルト団長は座るように促しお茶を入れてくれる。目の前に差し出されたティーカップは上品で、小さなクッキーも一緒に出してくれた。紳士だ。
「アシェルトは最近どうだい? いまだに研究にのめり込んでいるのかい?」
自身の分のティーカップをテーブルに起きながら、私の向かいに座ったバルト団長は苦笑しながら聞いた。
「あー……はい。相変わらずです」
一緒に苦笑する。
「あいつがここを辞めたとき、何も言わずに去ってしまったから、どこへ行ったのか心配だったんだよなぁ。今は君が面倒を見てくれて本当に助かるよ」
バルト団長はハハ、と笑いながら言うが、申し訳ない、といった様子で眉を下げる。
「君には迷惑をかけるね。もし嫌になったらすぐに魔導師団に戻っておいで。いつでも待っているから」
「あ、ハハ、ありがとうございます」
バルト団長は私がアシェルト様を探すのを手伝い、さらにはお世話係のようになってしまったことに、責任を感じてくれているらしい。
毎回納品に来るたびに心配をしてくれる。まあ確かに魔導師団員として、それなりに有望だった人間を退団させた上に、いくら天才魔導師だったにしても、日常生活すらまともに出来ない人のお世話係だしね。そら、心配にもなるか、と苦笑する。
私の魔導師としての才能は飛び抜けていることはないが、そこそこ上位にいたらしく、新人としてはそれなりに注目をされていたらしい。
だから私が退団を選ぼうとしたとき、周りの人間からは大いに反対された。
それを認めてくれ、応援してくれたのがバルト団長だったのだ。
だから私はバルト団長に頭は上がらないし、尊敬している。
アシェルト様もバルト団長のことはとても信頼しているようだし、唯一連絡を取り続けている魔導師団の人間だ。
アシェルト様は、退団したときは周りが全く見えないほど精神を病んでしまい、バルト団長になにも告げずに去ったことを酷く後悔していると言っていた。
それだけ二人は親友と呼べる大事な存在なのだと感じる。
今、アシェルト様が生活出来ているのはバルト団長のおかげだと言っても過言ではない。
「アシェルト様の……その、恋人だったラシャ様が亡くなった原因って……事故……なんですよね?」
アシェルト様は事故ではないと思っている。だからいつまでも原因を探るために、あれほど自身を削ってまでも研究を続けている。
「うん、あのときは俺もいたけど……ラシャの魔導具がなぜか暴発したんだ……おそらく魔導具になにか不備があったんだろうけど、そのとき木っ端微塵に爆発してしまったから分からないんだよ」
バルト団長は悲痛な顔をする。
「辛い記憶を思い出させてしまい申し訳ありません!」
あわあわと謝罪すると、バルト団長はクスッと笑った。
「いや、大丈夫だよ。もう五年も前の話だ」
そう言ったバルト団長は少し寂しそうに笑った。
「事故、それが魔導師団の共通認識なのに、アシェルト様はなにを疑っているんでしょう……」
「さぁ……、魔導具の暴発が事故ではない、と思っているのかもね……」
「事故ではない? なら……誰かに殺され……むぐっ」
そこまで言いかけたところで、バルト団長が勢い良く手を伸ばし、口を塞がれた。
「しっ。滅多なことは口走らないほうが良い」
口に手を当てられながら、うんうんと頷いて見せると、バルト団長はそっと手を離す。
「アシェルトはきっとそう思っているのだろうね……だからずっと調べている。俺にはそういったことは一切口にはしないが」
寂しそうに笑うバルト団長。
「親友だと言っても、頼ってもらえないのは寂しいものだな」
「そ、そんなことありません! アシェルト様はバルト団長を凄く頼りにしていると思います! でなければ、アシェルト様が私を受け入れてくれる訳ないですし!」
「ハハ、慰めてくれているのか? ありがとう」
そう言って笑うバルト団長はきっとめちゃくちゃおモテになられるのだろう、ということが容易に想像がつくほどの美丈夫ぶりだった。
アシェルト様がバルト団長を頼りにしているのは本当だと思う。
初めてアシェルト様の元を訪れたとき、魔導師団から来た、というと怪訝な顔をされた。しかしバルト団長の名を出すと、一気に表情が和らいだことを覚えている。
懐かしい名だ、といった顔だった。それから私が傍にいることを認めてくれたのも、バルト団長からの手紙を持参したおかげだったし。
やはりアシェルト様にしてみれば、バルト団長は今も大事な親友なのよ。
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