【完結】天才魔導師は二度目の恋を知る

樹結理(きゆり)

第1話 天才魔導師

 

「ほら、アシェルト様起きてください! そんなところで寝てないで、寝るならちゃんとベッドで寝てください!」


 ごちゃごちゃと書類やら書物やらが広げっぱなしになった机に突っ伏し眠っているその人の背中を、グイグイと揺らし無理矢理起こす。


「う、うぅん……」


 寝惚けたまま身体を起こしたその人は、一応この国一番の天才魔導師と人だ。


 アシェルト・フェルナンデス、銀髪に明るい水色の瞳の麗しの天才魔導師……のはずなのだが、私よりも十二歳も年上の二十九歳のくせに、このだらしなさ。


 元々は魔導師団の団長でもあり、天才魔導師と呼ばれ、その名を知らぬ者はいないほどだったアシェルト様。


 今や団長は退職し、街から離れたところに家を買い、ひっそり一人で生きている。私はそのアシェルト様に無理矢理弟子入りして、住み込みで修行……という名目のアシェルト様のお世話係をしている。


「ほら! アシェルト様! おーきーてー!」


 いまだにボーッとしたまま、目を瞑りグラグラと揺れている。


「私は魔導師団に納品に行って来ますからね? 私が帰って来るまでに、起きるか、ちゃんとベッドに入るか、どっちかにしてくださいね!?」

「う、うん……いつもごめんね、ルフィル……よろしく」


 今はもう朝なのだ。夜中ずっと研究をしていたらしいアシェルト様は、いつも朝にはこうして机に突っ伏している。


 しかしこのまま私が出かけてしまうと、ベッドで眠ることはなく、きっとそのまま再び研究を始めてしまうのよね。


 アシェルト様が昼夜関係なくひたすら研究をしている理由……若くして魔導師団の団長にまで上り詰めた人だったのに、それを辞めてまで今は街から離れたこの家でひっそりと一人で研究をしながら過ごしている理由……



 それは、彼の恋人が死んでしまったから……






 私、ルフィル・シーラルはちょっとくせっ毛の赤髪と明るい黄緑の瞳の十七歳。

 アシェルト様の弟子として、魔導師の勉強を続けている。でも……私も一応本当は魔導師団の一員だった。それを今は退団し、アシェルト様の弟子兼お世話係をしている。


 私がアシェルト様を知ったのは、私が六歳のとき……。


 そのとき私は生まれて初めて間近で見た魔法に感動した。

 それは操られた水が様々な色で煌めき、花が舞い、幻想的な雰囲気で、六歳の私にはまさに『魔法』だった。


 ただただ本当に美しく、呆然とそれを眺めていた私が『魔導師』を目指すことは必然だった。


 そのときの魔法演舞をしていた人が魔導師団の団員だった。それがアシェルト様。


 そう、必然だったのよ。

 そのとき幼くてよく分かっていなかったけれど、あとで詳しく両親に聞くと、あの魔法演舞は毎年建国記念日のときに行われる魔導師団の演舞なのだそう。


 他の魔導師さんも演舞をしていたが、その人の演舞は他の人とは全く違った。

 なんというか、魔法の美しさだけでなく、その人自身の優雅さと、魔法を発動させるときの違和感のない所作。

 その人が魔法を発動させるたびに綺麗な銀髪に反射し、その人自身を美しく飾り、まるで一枚の幻想的な絵画を見ているようだった。


 私はその人に会いたい一心で、家族の反対を押し切り、必死に勉強し、魔導師団に入るため魔法訓練を行った。元々少しは才能があったらしく、同い年の子たちよりはひとつ上の実力で十六歳のとき魔導師団に合格。


 やった! ばんざーい! と、思っていたのに、私の会いたかった人はすでに魔導師団にはいなかった。


 その人は、私があの演舞を見たときから六年後に、魔導師団を辞めていた。


 えぇぇえ!! と、嘆き悲しみ、泣き崩れ、なぜ辞めたのか聞いて回ると、『恋人が死んだからだ』と返って来た。


 言葉が出なかった。同じく魔導師団にいた恋人が、どうやら訓練中の事故で亡くなったらしいのだ。


 それでその当時団長だったその人は責任を取って……というのは名目なのだろう……きっと耐えられなくて辞めてしまったのね……。


 私はどうしてもその人に会って、あのとき感動した想いを伝えたかった。入団してからは仕事の合間にその人を探した。

 色々な伝手を頼り探し出し、見付けたアシェルト様は……思っていたよりグダグダな人だった。


 研究に集中し出すと、周りが見えなくなり食事もしない、睡眠も取らない。街に買い物へ出かけると、高いものをふっかけられる。


 この人、駄目な人だ……と、ガッカリしたときに見たアシェルト様の笑顔と魔法……。


 街で小さな子供が怪我をしたのを助け、治癒魔法で治してあげていた。その所作はやはり綺麗で、発動させた治癒魔法ですら他の人となにが違うのか、優しい色を発していた。


 そしてその子供に見せた優しい笑顔。研究しているときにお邪魔すると、いつも困ったような悲しそうな、そんな笑顔だった。

 その子供に見せた優しい笑顔を私にも向けてもらいたい、そう思ってしまった。


 そして、私は魔導師団を退団し、無理矢理押し掛け弟子として、アシェルト様の元へと転がり込んだのだ。


 最初は通いのつもりだった。しかし、アシェルト様のあまりの駄目っぷりに、このままこの人を放置すると、おそらく死ぬ、そう思い、これまたアシェルト様の反対を押し切り住み込み弟子の座を勝ち取ったのだった。


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