第44話


 拝啓、ってこんな字であってるよな?

 本日もお日柄がよく、とかそんなことを書くんだっけ?

 もうわからねぇから、好き勝手書く。

 よぉ、ユズ。

 俺からすれば、お前はユズキのそっくりさんだから、ユズって呼ぶのがしっくりくる。

 だから、お前が「ユズ」を受け入れた時、正直、助かったと思った。

 お前はさ、性格まで割と似てんだわ。ユズに。

 あー、もう、ユズキが絡んでくるとわからなくなるな。

 それに、いい加減お前のこと、コウタって呼んだほうがいいよな。

 コウタ、って書くとなんだかむずがゆいんだけど。

 まぁ、頑張るわ。


 そっくりさんってだけで、とんでもないことに巻き込んじまったな。ごめんな、コウタ。

 俺らがこっそり暮らしていたのには、理由がある。

 言ったことがあるのかないのか、よく覚えてないんだけどさ。俺らが知り合いに会うと、相手が壊れちまうんだよ。

 人間ってさ、けっこうよくできてるよな。転んで怪我をしたって、しばらくしたらかさぶたができて、それが取れたら治ってる。お腹を切って開いても、縫ってしばらくしたら(まあ、古傷としてふとした時に痛むって母ちゃんは言ってたけど)傷痕は残っちまうけど、生活が狂うってわけでもないだろ?

 でもさ、心が怪我をすると、違うんだよ。


 大切なもの……って、ここでいう大切なものって、母ちゃんにおける俺とか初香だからさ、なんか恥ずいんだけど。そういうものを失うダメージって、目に見えないけど恐ろしく深くてさ。

 その深い穴を塞ぐために、どれだけ思い出を重ねたり、時を重ねたりしてもさ、ちょっとガードが崩れた時にパカって開くんだ。ゲートが。


 じゃあガードが崩れないようにすればいいって思うかもしれないけどさ、それって四六時中張り詰めてろっていうのと同じ意味なわけ。そんなことをしたらさ、マジでノーガードになってゲームオーバー。


 結局、深い深い闇とは共存しながら生きていくしかないんだけど。地獄みたいなところにいてさ、「ここは天国です」って暗示をかけるの、難しすぎるから。マジで。

 んで、俺の母ちゃんも、そのゲートにのまれて壊れたひとり。

 いつか帰ってくるからって言ってさ、延々俺が借りてた部屋を維持してる。

 法律上はとっくに死んでんだけどね、俺。

 はじめはさ、帰ってくるっていう希望でもって維持してたんだと思う。んで、ある日のことだ。まだそんなに忍ぶことを意識していない、まだ世界を少ししか知らない時に、俺はばったり会っちまった。母ちゃんに、俺ん家で。


 目があった。

 近づいてきた。

 声をかけられた。

 手が伸びてきた。

 俺に触れようとした。

 でも、その手はホログラムに触れたように、空を切った。俺の体は、まるで色がついた空気だったんだ。

 母ちゃんは幻を見たと思ったみたいだった。泣きながら、幻でも帰ってきてくれた、と喜んだ。

 それをきっかけに、母ちゃんは俺が死んだとみなすことも、この部屋の契約を解除することも拒むようになった。

 そこに、俺が帰ってくるからだ。

 俺は悩んだ。

 その時、体はふたつあった。詳しい話は、ミツバから聞いただろ? それを思い出してくれ。俺から語ろうとするには、時間が足りない。


 母ちゃんとの出来事をきっかけにして、俺は、自分に実体がないことを知った。そして、俺が複製体であると悟った。

 俺は俺と話をした。すると、俺は俺になんて言ったと思う?

「俺も実体がない」

 そして、

「俺も母ちゃんに会ったことがあるけど、気づいてもらえなかった」

 それまで、俺はミントやチャービルと会ったり、慰め合ったりしてる。その時は確かに、相手の体の感覚があったし、相手からしても同じことが言えるだろう体の動きをしていた。

 想像したのは、体がふたつにわかれている時は、単一体の人間との接触に不都合が出る、ということだった。

 俺らは、さまざまな情報をもってして、今この手紙を書いている俺こそがオリジナルで、もうひとりが複製体であると考えた。

 自分こそが複製体だと思っていた俺は、驚いた。オリジナルのくせに、実体がないとかもう終わってるじゃんか。

 次に複製体と会ったのは、俺の部屋でのことだった。

 俺は、俺が死んでいるのを見た。

 もうひとりの俺が考えただろうことは、わからないでもなかった。だって、俺なんだもんな。

 アイツはさ、自分が複製体であるならば、自分が死ねばいいとでも思ったんだよ。

 俺は、死体を隠した。

 これで、堂々と生きていける。きっと複製体があるから、実体を得られなかったんだ。そんな都合のいい考えが思考を埋めた。

 罪悪感は不思議となかった。

 それは、俺自身の決断だと思えたからだ。

 俺は、単一体になった。

 でも、再び母ちゃんと会った時、俺は実体を得られなかったことを知った。

 俺の死が無駄だったことを知った。


 ある日、俺の前にミツバが現れた。

 ミツバは、この世界のことを教えてくれた。

 死んだ俺こそがオリジナルであったことも。


 そして、そのオリジナルすらも、ただのレプリカだったってことも。



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