第45話
もうね、もっと勉強しておけばよかったって思った。
訳わかんねぇんだよな。なんだよ、レプリカの複製体って。どんなパチモンだよ。俺は一体なんなんだよ。
心がぐちゃぐちゃになって、俺も俺を追って死んでやろうと思った。
いざ死のうとした時、母ちゃんがやってきた。
その時は、俺に気づかなかった。
母ちゃんは見えない俺に話しかけるように、独り言を言っていた。
「芹那ちゃんが使うでしょ? こだわりとかあるんだろうけど、私にはよくわからないから。私が知ってるものを色々買ってきたの。冷蔵庫に入れておくわね。あと……今度オーブン持ってくるから。使うでしょ? 芹那ちゃん、練習熱心なパティシエさんだものね。オーブンがないと、可哀想だわ」
母ちゃんが帰ったあと、冷蔵庫を開けてみた。
無塩バターとか、砂糖とか。お菓子作りで使うものが、色々入ってた。
芹那っていうのはさ、もう気づいてるかもしれないけど、チャービルのこと。あいつさ、パティシエしてたんだ。
ある時、コンペで勝ってさ。芹那が……って言ってもひとりじゃなくてさ、同期だったかな、仲間と一緒に作ったやつなんだけど。
それが、働いてた店で売られることになった。
いざ売り始めてみたら、けっこうバズって。気づいた頃には予約制になってたし、予約待ちが半端なくなってた。特にイベントがない、ただのどこかの誰かの誕生日とかなら、とれたりもすんのかな。わかんねぇけど。
家でもよく作ってたよ。
たくさん味見しないといけないけど、スタイルを維持したいとか言ってさ。「レシピ考えに行ってくる」って、ジムに行ったりもしてたっけ。けっこうストイックなんだよね、芹那。
俺は、死ぬのをやめた。
会えたり会えなかったりするし、相手の言葉が聞こえても、こっちの言葉を聞かせられないから、無駄かもって思ったけど手紙を書いた。
紙とインクには、実体がある気がしたから、伝えられる可能性はあるかなって。
結局、伝えられなかったんだけどさ。ある時、初香が言ったんだ。(初香って誰のことか、書いたっけ? 俺の妹。ミントのこと)
「あたし、できるよ」って。
ミントも、ミツバに会って色々教えてもらってた。
ミントも、レプリカの方が、なんだっけな……なんかなったらしい。んで、透明人間として、ひっそり暮らしてた。
そう、この辺だ。この辺で、俺らは一緒に暮らすようになったんだ。ミツバに場所を用意してもらって。
久しぶりに、兄妹で。
もうさ、年齢が二桁になったあたりで家を出たくなるじゃん? そんなこんなで俺さ、高校出たらすぐ、実家を出ることにしたんだよ。別にすげぇ不満ってわけでもないけど、反抗期なんだか自立したがりなんだか、やってやるぜ、俺ならできるぜって。
だから、初香とはしばらく一緒に暮らしてなかったわけ。
はじめはめっちゃ気まずかったわ。
兄妹だけど。
ミツバのことは、正直よくわかんねぇ。でも、それなりに信用はしてる。んでもって、利用されてる。
俺らは、ミツバの計画を現実にするために、動き出した。
手紙だけじゃ足りなかった。
語り部がいて、ようやく信用に足ると考えてた。
そして、その語り部は、嘘くさくない奴じゃないとダメだった。
ある時、ミツバがミントに言った。
『チャービルのタルトを買ってきて』
ミツバのふとした時の言葉は、占いって言われてた。そうした方がいい未来に出会えるよ、みたいなやつだな。
チャービルもその場にいたらしくてさ、「食べたい〜!」って。
予約しないと買えないはずのそれを、なんとも気軽頼むから、ミントは乗り気じゃなかったらしい。でも、
『キャンセルが出るんだ。間違いない』
まぁ、この辺はたぶん、ミントが書くだろうからいっか。
俺にしてはめっちゃ書いたな。やっぱり、やろうとすればできるんだな。なんか、新しい自分を見た気がするよ。
終わりが近づいてくるとさ、お前のことまっすぐ見れなくなっちまって。すっかり馴染んで、昔〝ここだ〟って思ったリセットポイントが動いてさ。そんなんだから、なんかお前から逃げたくなっちまった。俺、そんなに語彙力ないからさ。バカバカ言うしか能がなかったんだよ。バカバカ言ってごめんな。
そろそろミツバに「待ちきれない」って怒られちまうから、おしまいにするよ。
そうだ。これは言い忘れちゃダメだな。コウタ。俺、あの日の花火のこと、何があっても忘れないから。あんなにドキドキしたの、めっちゃ久しぶりだった。ヒヤヒヤしたのも。
最高の思い出を、ありがとう。
じゃあな、コウタ。
またいつか、会えたらいいな。
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