第43話
運命。確かにそうだ。
生きていて起こる出来事は、すべてが運命。だけれど、なんてことない、幸せに見えない幸せは、運命と呼ばれない。
運命。それは、強烈な記憶。
迷惑だとは思っていない。
もしも、戻る時があの日から十年、十五年後であったとしても、かまわなかった。
現実世界へ戻った時に、浦島太郎が玉手箱を開けたかのように、お爺さんになっていても、かまわなかった。
それだけ、コウタにとってはかけがえのない濃密な日々だった。
日常の中の些細なことに腹を立て、小さな喜びに気づくセンサー感度が落ちていた。不満を心に溜め、姉に「早く出ていけ」と心の中で毒を生成していた。そんなモヤモヤした日々が、あの一瞬でひっくり返った。
贅沢なんてできなかった。モブとして生き、目立つことは避けた。給料に見合わないと思う仕事をした。それでも、心は満ちていた。
普通に生きていたら絶対にしなかっただろう、一通りの家事。買えばいいとばかり思っていたクッキーを、自分の手で焼いたこと。何もかもが、コウタが生きる道に瑞々しく咲く花のようだった。
コウタはいつもチャービルが座っていた椅子を見た。
焼きついている、彼女の書き姿。彼女が記す手紙を読んだことがなくても、どこかその便箋に安心感を抱けた。
では、タイムは? ミントは?
ふたりには手紙を書くイメージがあまりなくて、想像が膨らんで、ぶれる。
次は、誰からの手紙だろうか。
寂しさが少しずつ解けていく。だんだんと楽しみになってきた。
電子機器がどんどんと高性能になっていく今、あえて紙に伝えたいことを書く、というのも悪くない。文字には確かに心があって、味がある。その人の姿が、そこにあるから。
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