第41話


「ところでさ。今、ぼく、みんなの気配を感じられてないんだけど。いないの? 目には見えない心の声ってやつ、聞きたいんだけど。おーい!」

 空間に向けて、声を発した。

 五感を、第六感をも研ぎ澄ます。

 応答は、ない。

「ここにずっといたら、ここを片付けてる人と会えるのかなぁ。でも、ぼくだって暇じゃないんだよな。暇が、ないわけじゃないけどさ」

 唇を尖らせながら、本棚に手を伸ばす。

 この日においては最新刊の、読んだことがある週刊誌を見つけた。

 掃除をしていた時は、気づかなかった。いや、仕事としてこの家に出入りする頃には処分された、ということなのだろうか。週刊誌は二十冊ほど、ナンバー通りに並べられている。

 数字を指差し、過去へと向かう。

 一ずつ減っていく数字が、瞬間、飛んだ。

「あれ? これだけめちゃくちゃ古いじゃん」

 抜き取って、パラパラとめくってみようとした。しかし、その本は変だった。

 細工がしてある。

 最初と最後のあたりは問題なくめくれる。厚い本ながら、緩やかなカーブを描けるほどの柔軟性もある。

 しかし――めくれないページがたくさんある。

 めくれない部分は、端まで糊かなにかが付けられている。しかし、めくれないくせに角がペラペラとしているページが、一ページだけあった。

 不思議な本を見つめながら、ぐるぐると、思考回路がショートしそうなほどに考える。

 おそらく、ミツバが言っていた工作とは、これのことだ。

 なぜあの話をしたかといえば、きっとこの、透明人間と家族をつなぐものに、辿りついてほしいから。

 指が一枚の紙を掴んだまま、震えた。袋とじを開けるときのような、妙な緊張感。

 これを剥がすということは、つまり器物損壊だ。

 勝手にやってしまえば、こっぴどく怒られることだろう。

 この家に出入りしている人に確認して、開けてもらうか?

 いいや、自分は開封を要求できる立場じゃない。開けてもらえたところで、中を改められる可能性は、あるのだろうか。

 きっと、ない。

 でもこれは、もしかすれば――透明人間と自分をつなぐものかもしれない。

 仮にそうだとすれば、出入りしている人に気づかれる前に、今、開けてしまわなくてはならないのではないか。

 もしもの時は謝ろう。

 意を決し、ページを剥がす。

 ベリベリと紙の悲鳴が響いた。どんなに丁寧に剥がそうとしても、ところどころ破れた。

 扉が開くと、何通もの手紙が顔を出した。

 最初に目に入る場所には、『コウタ、手紙を頼んだよ』と書かれたメモがあった。

 全ての封筒の宛名と差出人を確認する。三葉からコウタヘの手紙は、なんだか厚い。伸太郎は、母に宛てて書いていた。続いて手に取ったのは、芹那からの手紙。それは伸くんの母――ちとせに宛てたものだった。最後の一通、初香からの手紙も、母宛て。

 コウタは三葉を除く三人分の名前を見て、ようやく自分の先入観によるものだろう勘違いに気づいた。

 男性のものだろう名前がひとり分、あとふたりが女性のものだろう名前。芹那は伸太郎のことを伸くんと称し、どこかその母に対して他人行儀である。ミントは確か、兄がいると言っていた。となると――伸太郎というのはタイムのことだ。

「タイムの家、だったの?」

 それならどうして、ここにチャービルがいたのだろう。

 手元の封筒の中に、全ての答えがあるのかもしれない。

 鼓動が痛い。緊張のせいか、喉が渇く。

「ミント、お茶飲みたいよぅ」

 甘えてみるも、お茶は出てこない。

 胸に手を当てると、拍動が伝わってきた。ドクンドクンと響くたび、思い出のワンシーンがカチカチと、ホログラムのように浮かび上がった、気がした。

 シーリングスタンプに指をかける。そっと剥がし、便箋を取り出した。

 ミツバがガラスペンを走らせていた様が、紙にうつって見えた。



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