第36話


 それでも時々、どうしようもなくて忍び込む人は居たけれど、そういう人はけっこう礼儀正しかったみたい。

 台風が過ぎるまで、どうかここに置いてください。とか、そんなことを呟き、手を合わせ、頭を下げ、玄関で震えてたみたい。

 そんな透明人間の家には、ひとつの秘密があった。それは、住人とその家族だけが知っていること。まぁ、部屋中荒らし回ったら気づくのかもしれないけれど、ちょっと凝ってたからか、それは侵入者には気づかれなかった。

 本だ。本棚に差し込まれた本。その中の一冊に秘密がある。

 気づいたのは、たったひとり。

 推理ものとかで出てくるかな? 見た目は本なんだけど、宝物とかを隠せるように加工されているものを、見たことない? それが、その家にはあった。

 小学生の時の、夏休みの宿題で作ったものだ。

 小学生だからといって、なめるべからず。その完成度はなかなかで、その本をペラペラとめくろうとしない限りは気づかないんじゃないかなってくらい、それっぽいんだ。

 実際に売られていた本を使って作られたそれは、なんでもお父さんの本を勝手に使って作ったものらしくてね。どうも、こっぴどく怒られたらしいよ。

「こんなすごいものを作ったことは褒めてやる。だが、人のものを勝手に傷つけるとは、破壊するとは何事だ。この一冊が、その人にとってどれだけ大切なものかわかるか。買い直せばいいとか、思ってないだろうな? これに、秘密のメッセージが書いてあったとしたら、どうする。買い直しなんてできないぞ。これに愛のメッセージが書いてあったら? 愛を破壊したクソ野郎になるぞ。そんなやつ、鉄槌を下されても文句は言えないからな。反省しろ! 二度とやるな」ってね。

 ああ、それで――。

 その思い出の本に、お金が入れられていたことがあるんだ。

 気づいたひとりは、そのお金を抜き取ると、お金が入っていた封筒に、メッセージを書いた。

 あなたのこれからが、幸せに満ちた日々でありますように、と。

 普通さ、人のお金をいただく時は、ありがとうとか、感謝を伝えるでしょ? ごめんなさい、の時もあるかもね。でも、この時は違う。未来の幸せを願ったんだ。

 ヘンテコなメッセージは、お金を入れた相手の心を動かした。

『私からの手紙を読んでくれませんか? これは、迷惑料です。受け取ってください』

 一筆とともに、またお金が入れられていた。

 メッセージのやり取りは、続いた。

 なんてことないやりとりをすることがあれば、重たい相談事をすることもあった。

 手紙のやり取りがあるからだろう、部屋のメンテナンスは、決まった間隔で行われるようになった。隔週土曜。用が済んだらすぐに出る。それが、互いが心地良く過ごすための術。

 繋がりがあるというのは、心の栄養だ。でも、それは、単なる食べ物とか、飲み物とは違う。薬なんだ。だから、摂取すればするほど、毒になる。

 いつか、終わらせないといけないという、苦しい未来を見せられる。

 わたしたちは、弱かった。

 こちらからおしまいにしようと文字にしたところで、相手がそれを拒んだなら、それ以上主張することができなかった。

 わたしたちは、甘えていた。

 現状維持を貫けば、誰も傷つかないと言い訳をした。

 心のどこかには、このままではいけないという思いがあった。だから、いつか、鍵となる人と出会えたなら、その時は、と――。



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