第17話


 ミントは知り合いの家に転がり込んだ。それは、専門学校に入学した直後のことだった。実家から学校までは、近くはないが通える距離だった。そんな場所に住んでおきながら、ひとり暮らしをしようとするのは無駄の極みと考え、進学と同時に家を出るという選択をしなかった。

 しかし、周囲には一人暮らしや、ルームシェアをして暮らしている人がたくさんいた。自分とて、囚われたように実家に居続けなければならない理由など、特にないと思った。

 家出同然であるということを除けば、周囲の人々と大差ない。変でも、おかしくも、ない。

 実家でぬくぬくと暮らし、親が作ってくれたご飯を食べ、親に洗濯をしてもらうことが、心のどこかで恥であると感じずにはいられない年頃でもあった。

 だから、逃げるように出た。これは、無駄なことではない。これは、泣き叫ぶ魂の救済だ。

「気が済むまで居ればいいよ」

 その言葉に甘えてみたが、いつまで経っても心が満ちることはなかった。結局、親であるか、知り合いであるか。その点が変わっただけで、自分は何ひとつ変わっていない。ぐらぐらと、心は揺れた。

「もう少し居させて。お金、渡すから。家賃っていうか、光熱費っていうか」

「いいよ。別に。お金もらうほど負担感じてないし」

「でも、いろいろひとりで暮らすときの倍かかってるでしょ?」

「んー」

「食費だって、ほら」

「まぁ、ふたり分ってなるとそりゃ増えるけど。でも、ひとりで食べるよりもちゃんとしたもの食べられたりするし。損ばっかりしてるわけじゃないんだよ?」

 要らない、と言われても、渡したくて仕方がなかった。

 渡そうとしたものを、受け取ってもらえないのは苦しかった。

 ここに居続けていいのだろうかと、悩み始めた。

 本来、悩む必要などなく、行くあてを見つけて出ていくべきだが、すぐに出るには壁が高かった。家はどうやって借りる? その、お金は?

 結局、年を重ねても誰かの庇護のもとで暮らし続けることとなり、同時に心は蝕まれ続けた。

 自立したい。誰かに頼らず、誰かに甘えず、自分の足で歩きたい。そうして、本当の自由を手に入れたい。

 理想とする自由が、純度の高い自由であるだなんて思わない。その自由にも、やはり不自由が付きまとうことくらい、全部ではないだろうが、わかっている。

 ただ、翼が欲しかった。

 ミントは、お金を受け取ってもらえないならせめてと、食事当番の日には少し高い食材を使って料理するなど、ミントなりの恩返しを始めた。

 それが、すれ違いのタネになることには、気づきもせずに。

 だんだんと関係にヒビが入っていることには、気づいていた。けれど、自分のどの行動が相手にとっての毒となっているのかはわからない。

 きちんとした手順でそこを出るのは苦手だが、逃げることは得意だった。

 ミントは日を決め、「行く先が決まったから出ていく」と嘘をついた。その日が来ると、笑顔で手を振り、転がり込んだ家から転がり出た。

 あてはあるようで、なかった。

 再び同じことを繰り返すのではないかという恐怖が、また、橋を落としたのだ。

 自由はどこにあるのだろう。

 考えながら、ただ歩く。

 自分が思う自由というのは、ひとりであることではない。

 誰かと共に生きながら、互いに互いを必要としながら、互いに互いを尊重しながら生きる。それこそが、ミントが欲している自由。

 誰かに必要とされないことも、誰かに蔑ろにされることも、自分に窮屈さを植え付ける悪。

 過去を振り返り、ユズの今に共感した。

 彼もまた、同じように窮屈な思いをしていて、自由の翼を得るためにあがいている。チャービルに、急いで、と言わなくては。あの人は、急くことはないのだろうけれど。

 ふわぁ、と泥があくびをした。ミントはタイムに「ベッドに寝かせてあげて」と自らの部屋の方を指し示した。

「寝かせるなら俺のだろ」

 笑い飛ばし、タイムはユズを背負って自室へと消えた。

 優しさが沁みる。

 優しいから、優しさを返したくなる。思いやりがあるから、思いやりを返したくなる。

 心地いい。

 今、確かに。ミントはこの限られた世界の中で、自由を感じていた。



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