5・きもたのし
第18話
目を覚ますとそこは、見たことがあるようでない部屋だった。
ユズは体をこわばらせた。ケットをそっと頭まで被ると、大きく息を吸って、吐いた。少し落ち着きを取り戻すと、視界を確保する。ぐるりと部屋に視線を這わせると、見覚えのある週刊誌を見つけた。
タイムが読んでいたやつだ。
と、すると、タイムの部屋? なぜ? ああ、仕事に行って、帰ってきて――。帰ってきてからの記憶がほとんどない。
そろりとベッドを抜け出し、部屋を出た。
音がする方へと、そっと足音を立てないように進む。
「へーんな歩き方」
「……う、うわあ!」
「なによ。お化けを見たみたいな反応するなんて、失礼じゃない?」
いつの間にやら背後にはミントがいた。笑っている。声が弾んでいる。
「なによ。そんなにじーっと見なくても良くない?」
笑顔に困惑の波が立つ。
ユズの心の揺れが、ミントの顔にまで届いたのだ。
――こんなだったっけ?
イチゴショートのてっぺんが緑色になって、ど派手な富士山みたいになっていたのは覚えている。
けれど、今は。
緑の範囲が広くなって、あえて毛先だけ赤く染めた人、のように見える。
人の髪の毛って、こんなにすぐに伸びたっけ?
複製体は、本体とは成長速度が違う? 老いるのが早かったりする? いいや、そんなことになったらおかしくなるんじゃないか? ここが、現実をベースとして複製した世界であるのなら、現実と同じ秒針で生きていないと。
それとも、この世界は――。
「ほら、ご飯食べよ。ユズのバイト代かっぱらって、美味しそうなお肉ゲットしたの」
「え……え!?」
「嘘だよ、嘘。ミツバからの差し入れ」
「そ、そっか」
「食べよ! 一緒に」
食卓に、タイムの姿はなかった。ミントの話によれば、仕事の都合で少し遠くへ行くから、しばらく帰らないらしい。
ミツバからもらった肉はふたり分。ユズには、その肉は罪悪感というスパイスで調味されているように思えた。しばらく帰らないにしろ、これは本来、タイムの分なのではないか。
フォークが進まないユズの心を見透かしたように、「タイムはミツバのとこで食べてきたってさ」と、口いっぱいに頬張ったまま、モゴモゴと言う。
そんな優しさを、真正面から受け止められない。
ユズはそんな自分が『嫌いだ』と思った。
口に含んだ肉に焦げはないのに、苦い。
「ユズ、お願いがあるんだけどさ」
「……ん?」
「チャービルが仕事をくれるまでさ、この家のいろいろ、任せてもいいかな?」
ユズは首を傾げた。気を使わせていることだけは理解できた。その先の、ミントが考えていることをテレパシーだけで理解しようとして、理解が追いつかずに口をつぐむ。
「掃除とか、そういう。こまごまとしたこと。だから、その……無理してああいう仕事、しなくていいからさ」
ユズの中で、ミントの思考のピースがはまり始めた。
「ダメ? お給料、払えばいい?」
「ううん、やる。お金はいらない。ここにいるにしても、お客さんみたいにしているの、嫌だなって思ってた。だから、うん。役割をもらえるの、嬉しい」
「よかった。ユズ、帰ってきてからすぐに、ぐでぇって泥みたいになっちゃったから、心配してたの。もう二度と、あそこには行かなくていいからね」
「んー、でも」
「でも?」
「また行きたいかも」
「……え?」
「けっこう楽しかったよ? いい出会いもあったし。コーラもらえたし」
「え、コーラ、もらえた? なにそれ……ユズ、あそこでなにしたの? そんな話、はじめて聞いた」
「ふふふ。荒んだ心を全部、目の前の仕事にぶつけただけ。そうしたら、その先にコーラがあったんだよ」
「い、意味わかんない」
ミントの中で、ユズの思考のピースはぐちゃぐちゃのまま、はまらない。
理解しようにも、追いつかない。
けれど、理解する必要などないと、ユズの笑顔を見て思った。彼の中でいい思い出となったのなら、それでいいじゃないか。ただその事実だけで、いいじゃないか。
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