4・葛藤

第14話


 ユズはタイムにチャービルの居場所を教えて欲しいと頼んだが、のらりくらりとかわされてしまった。仕方ないのでミントに声をかける。ミントもミントとて乗り気ではないようだが、何度も何度も両手を合わせて頭を下げたら、ようやく首を縦に振ってくれた。

「し、仕方ないなぁ。仕方ないから。だから、その……」

「ミント?」

 チャービルのところへ向かう途中、ずっとミントの様子がおかしかった。ユズがミントの顔を覗き込もうとすると、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。

 以前、ミントはチャービルのところへ行っていた。だから、行くのに緊張してる、とかではないと思うのだけれど。喧嘩でもしているのだろうか。それで気まずいとしたら――この態度もわかる気がする。

 ふたりは、平然と街中を歩く。

 ビクビクと怯えることはない。

 ミントはど派手な富士山みたいな頭をしているから、目立つといえば目立つが、人混みに紛れてしまえばふたりは、モブAとモブBに過ぎない。

「こ、ここの五階」

「ミントもいくよね?」

「う、うーん」

「ケンカでもした?」

「ち、ちがう」

「じゃあ、ほら」

「ユズが、先に行くなら」

 今にも朽ちおちそうな、心許ない階段を踏み締め上を目指す。歩くたびキィ、キィと鳴った。ミントはのぼり慣れているのか、体型ゆえか、ほとんど鳴らない。ユズは前を歩きながら、ろくに見えないミントの足運びを真似ようとした。ギィ、ギィと足を動かす。クスクスと笑う声がする。振り向いたらそこには、もう我慢が限界だと言いたげな、瞳が潤んだ笑顔があった。

「へーんな歩き方」

「そ、うかな?」

「なにそれ。緊張してるの?」

「ま、まぁね。ちょっとしてる」

「そっか」

 五階についた頃には、少し足が張った。乱れた呼吸を整える。

「そこの部屋」

 背後からにゅるりとのびた腕。指さす先にある、赤褐色の扉。ユズはこくんと頷くと、ふぅとひとつ息を吐き、扉をコンコンコン、とノックした。

「ハトハトハト」

「は?」

「あ、ごめん。そうだ、『ハト』って言いに来たんだ、って思って。……あ、いや、忘れてなかったよ? ちゃんと覚えてたけど、なんか急に、コンコンコンのリズムで、頭の中でハトハトハトって鳴って、それで」

「ああ、そう」

 間が、あいた。部屋の中から応答はない。

「あれ、チャービル、出かけてるのかなぁ」

 ミントは小首を傾げた。絶対に今、いると確信があるかのような疑心が顔に浮かぶ。

「おーい、チャービル?」

 少し大きな声で言いながら、コンコンコココン、と扉を叩いた。すると、ガチャ、とシリンダーが回る音がした。

 扉が、開く。

 チャービルが顔を出した。美しい赤い髪はアシンメトリーにカットされている。おしゃれにこだわりがある人なのだろうな、という先入観にとらわれる。

「こ、こんにちは!」

「あ、どうも。やっほー、ミント。やっぱり、いいね。ミントの腕」

「満足してもらえたなら、何より」

 会話は仲が良さそうで、けれどギクシャクとしていた。

 不思議に思い、ミントの顔を見た。こっち向くな、とでも言いたげな、尖った視線。困りチャービルの顔を見ると、優しい微笑みの奥に堪えきれない笑いを隠そうとしていた。

「この髪型ね、ミントがやってくれたの」

「……え?」

「ミント、美容師さんだから」

 知らなかった。安く使われている、という話は聞いたが、美容師となればしっかりとした仕事ができるのでは? いや、複数体の影響か?

 そういえば、ミントはなぜタイムと暮らしているのだろう。ユズは、知らないことだらけであるという現実と、またも向き合う。

「そ、そうだ、あの!」

「まぁまぁ、とりあえず入って」

 案内されたリビングは、先入観が構築したイメージとはかけ離れていた。そこに、女性らしさは欠片もなかった。無機質な空間は、凍てついているかのよう。スタイリッシュでかっこいい、と表現すれば、角が立たないだろうか。

「座って」

 指し示された箱の上に、ゆっくりと腰を下ろす。

 ミントは勝手に収納から折り畳み椅子を引っ張り出してきた。この部屋には何度も来ているんだろうな、と思わずにはいられない、慣れとくつろぎ。

「それで? 本日はどんなご用件で?」

「あ、えっと……ぼくはユズ、と言います。ミツバさんに、この前会いまして、それで、チャービルさんの部屋に行って――」

「あー、ごめん。その喋り方、なんか背中がムズムズする。やめて。もっと友だちと話すみたいに言って」

 ふぅ、と大きく吸って、吐いた。

「ぼ、ぼくユズ! ミツバにあったら、チャービルんちで『ハ――」

「不器用か! もっと普通に話して。笑っちゃって話が頭に入ってこない!」

 ミントとチャービルが、お腹を抱えてゲラゲラ笑う。その様子を見ていたら、体や心をぎゅうっと縛り上げていた何かが解けたような気がした。もう一度、吸って、吐いた。

 心が、凪いだ。

「ぼくはユズ。本当の名前はわかんない。ユズかもしれないし」

「ユズレモンかもしれない」

「ウケる」

「ちょっと! 真面目に聞いてよ」

「はいはーい」

「こっちの世界に引き摺り込まれて」

「オリジナルを消されて」

「でもいうて、ミントがユズと一緒にいたいからこうなったんじゃん?」

「……へ?」



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