第5話
「……ん?」
「上空で一瞬、時が止まったような、変な時間があって、みんなで『なんか今、変な感じしなかった?』なんて話してたけど、誰もその先は気にしなかった。俺らは、無事に着陸した気になってた。地に足をつけた後、俺らは銃口を向けられた。銃を構える奴らの言語は、さっぱりわからなかった。マスコミが来た。銃の次はカメラだ。たくさんのフラッシュを浴びながら、バスに乗せられて、廃ホテルに閉じ込められた」
「廃ホテル?」
「俺らから見たら廃っぽいってだけで、実際のところは普通に使われてたのかもしれないけど。とにかく、すげぇ廃れたところ。肝試しとかで盛り上がりそうな雰囲気の。全員まとめて監視するには、そこに閉じこめるのが手っ取り早かったんだろうね」
タイムがふわぁ、っと大きなあくびをした。
「で、しばらく監禁されて、飛行機に乗せられて、ここへ来た……ごめん、ちょっと眠たくなってきた」
「タイム、思い出話にのめり込みすぎだよ。ちょっと寝たら?」
「んー、そうする。ユズ、この話の続きはまた後でな」
ふわぁ、とまた、大きなあくび。タイムはひらひらと手を振りながら、奥の部屋に消えた。
「あの、さ?」
「なーに? ユズ」
「話の続きをミントから聞かせてもらうことはできないの?」
「できなくはないけど、めんどくさい」
「え……」
「あー、でも、これだけは言っておく」
「なに?」
「もしもユズが、元いた世界に戻りたいと思うなら、ここでは透明人間として生きなきゃダメだよ。じゃないと、色々おかしくなるから。大丈夫。あたしたちと一緒なら、大丈夫だから」
「えっと」
「チャンスはあるよ。すぐには無理だけど、いつか。だから、その時までは、一緒にいて。おねがい」
ぼくは〝存在しない人〟だから、迂闊に外へはいけないってことだ。
もう、限界だ。足を崩すと、痺れが駆けてジーン、となった。悶絶していると、緊張の糸がぷつん、と切れた、気がする。
ぼくはごく自然に、姉ちゃんと話すみたいに、ミントと話した。ミントは理想の姉ちゃんみたいに、ぼくの話に耳を傾けてくれたし、ぼくの問いに答えてくれた。
話によると、ミントやタイムとて大っぴらに出歩いたりすることはほとんどないらしい。存在しない人のように扱われる、どこかの誰かと共にコソコソと働いて、馬鹿みたいに安い給料でこき使われたりしているみたいだ。そういえば、出されたものや、彼らの姿を見るに、食べるものや身につけるものは一応ちゃんとしているけれど、贅択の香りは一切しない。それも、こき使われているせい、ってことなのだろうか。
娯楽といえば、タイムがどこからか持ってくる本だという。ミントが指差した方を見ると、小さな本棚に薄汚い本がちょっとだけあった。そのまま視線をあちこちへと動かしたけれど、テレビは見つからない。携帯端末も……持っているのかもしれないけど、まだ見てない。本だけっていうのは、嘘じゃなさそう。いや、そもそもミントたちと出会ってから、嘘らしい嘘はないのだから、嘘かと疑うこと自体、きっと無駄なのだろうけれど。
ふわぁ、と大きなあくびがでた。
そういえば、ライフラインの契約はどうなっているのだろう。なぜ、電気や水道が使えるのだろう。はてさてさっぱりわからない。けれど、もう問いかける力が残っていなかった。世界の本筋がそうなっているから、ここでも使える……とかかなぁ、なんて考えた。
「ユズも一眠りしたら? ちゃんとしたお布団とか、ないけど」
ミントが申し訳なさそうに、うつむき口をすぼめた。
「大丈夫。よっぽどなところじゃなければ、眠れる人間だから」
「よっぽど?」
「うーん。建設現場のクレーンの先、とか」
「なにそれ」
ミントが笑った。
「床でもヘーキ」
「それは助かるや」
ほいっと優しく投げられたタオルケットにくるまって、冷たい床にごろんと寝転がる。
ふわぁ、ふわわぁ。
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