第4話
思い出せない。
「はぁ? し、知るわけないでしょ」
「え、なんで名前……ちょっと前までは頭のこの辺にあったような、なかったような」
「ま、んなもんどうでもいいっしょ。わかんないなら付けるのみだ」
「はーい! ディルがいいと思いまーす!」
「ミントォ。こいつ、ディルって顔か?」
「んー、違う!」
なんか、ぼくはとっても馬鹿にされている気がする。別に、ディルになりたいってわけでもないけど。
「じゃあ、パクチー」
「いやだ!」
「うわ、パクチーが喋った!」
「パクチーはやめてよ。ぼく、パクチー苦手なんだ」
「好き嫌いするの、よくないぞ。今度タイムの兄ちゃんがパクチーモリモリのご飯作ってや……りたいけど、そう簡単には手に入らないかなぁ」
「そこんところはミツバに相談じゃない? それで、えーっと。考えんのめんどくさいなぁ。じゃあもう、ユ、ユズでよくない?」
「おお? ま、まぁ、ユズ顔だもんな、こいつ」
ふたりのノリと勢いで、ぼくの名前はユズになった。ユズ顔ってなんだろう。わからないことがどんどんと積み重なっていく。
タイムは爽やかな香りのフルーツティーを淹れてくれた。口に含むと、少し心が落ち着いた、気がする。
未来のことは、何にもわからないままだけれど。
お茶の時間が終わると、ただグダグダとする時間がやってきた。ふたりにとっては家なのだろうけれど、ぼくにとってはついさっき初めて来た場所だ。全然くつろげなくて、足を崩す勇気がないまま、ずっと正座してる。ちょっと痺れてきて痛い。
「あの、ぼくはどうすれば元に戻れる? これって、不可逆なものなの?」
大きなクッションの上に、大きなぬいぐるみみたいにぐでぇっとしているミントに問いかけた。
「あたしにはむーりー」
体勢と合致する気の抜けた声。
すると、タイムが、
「こいつの髪、ちょっと前まで長くてさ、緑だったんだよ」
言いながら手を動かした。頭のてっぺんを撫でるようにしてから、ふわふわっとおろしていく。腿よりも下。膝よりは……上? そのくらい長かった、ということだろうか。とすれば、だいぶ髪を切ったということになる。
「それは、えっと?」
「ユズをこっちに引き込む代償として、髪を失ったわけだ。ついでに、チャービルの能力を借りたもんだから色が変わった。そんなところだろ? ミント」
ミントのほっぺたが、ぷくぅ、と膨れた。
「あーなっちまったらしばらく同じことはできないよ。やりすぎだ」
「だって……」
「だって?」
「だって、こうしないとユズ、帰っちゃうじゃん」
「にしても、ほら……さ?」
なんでも、チャービルという人は、複製世界の情報を書き換える能力を持っているらしい。その能力で、ぼくの存在を抹消した、と。
そこまでしなくても、と思うが、ほんの少し、ありがたいとも思った。そうしてくれたからこそ、ぼくはぼくが違う世界にいることを認識できたのだろうから。
もしも、ただ引き込まれただけだったらぼくは、たぶん気づかないまま、ずっと生きて、死んだと思う。
それのどこが悪いのかはわからないけれど、知らず人生が双子になっているのは、なんだか嫌なのだ。もうひとつの道は、夢幻であって欲しい。実在して欲しくない。嫉妬してしまう。少しでも悪い方が、良い方に。
「あのぅ……聞いても、いいですか?」
「んー?」
「タイムさんやミントは、いったい何なんですか? あの、ほら。天使とか、悪魔とか、そういうやつ、なのかなって」
タイムは顔をくしゃくしゃにして笑った。そして――
「〝さん〟は要らない。タイムでいいよ。俺らは、そうだなぁ……元人間、かな?」
元、がつくということは、今は。
「昔、飛行機が消息を絶った事件があるんだけど、知ってる?」
タイムは悲しみを隠さない笑顔を浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「俺らみたいな奴が全員その飛行機に乗っていたわけではないんだけどさ。その飛行機は、レーダーから消えて、世界からも消えたんだ。ロスト地点は、陸地の上。例えば墜落とかをしていたら、機体や死体が見つかるはず。だけど、なーんにも見つからない。あのでっかい塊が、人や荷物を飲み込んだまま、空に溶けたんだ」
「……っていうのは、ユズがさっきまでいた世界の話」
ミントがビスケットを口に放り込みながら、モゴモゴと言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます