裏山の箱

悠之信

裏山の箱

 陽の光すら届かない鬱蒼とした山林の中をタツミとイオリは歩いていた。

「たっくん……もう帰ろうよ。怒られちゃうよ……」

「大丈夫だって。イオリは心配性だなー」

 勝手に家を抜け出した挙句、祖父に禁止された裏山への出入りを咎めるイオリだが、タツミは聞く耳を持たず、意気揚々と山道を進む。

進んでいると、木々の向こうに洞窟が見えた。

「おっ見ろよ! なんかあった!」

「洞窟?」

「入ってみようぜ!」

「っ! 絶対ダメ! 危ないよ!」

 イオリが珍しく声を荒げ、タツミを止める。

 イオリのいつもと違う様子に反論して、タツミは突き放すようにイオリに告げた。

「そんなにこえぇならついてくんなよ」

 それだけ言うとタツミは洞窟へつらつらと歩いていってしまった。

「うぅ……」

 仕方なくイオリはタツミについて洞窟へと向かった。


 洞窟の前は不自然に開けていて、陽の光がかすかに洞窟の中を照らしている。

「暗いよぅ……」

「そうでもないって、行くぞ!」

「う、うん」

 泣き言を漏らすイオリの手をひっぱり、タツミはずかずかと洞窟の中を進む。

 イオリもタツミの手に引っ張られるままについていく。

少しするとイオリが口を開いた。

「なんかここ気持ち悪い……」

「なんだよそれ?」

「なんか、気持ち悪いの。これ以上進んじゃダメな気がする……」

「またそれかよ。大丈夫! なんかあったら俺が守ってやる!」

「うん」

 タツミの言葉に悪寒を忘れたイオリは頬を赤くして小さく笑みを浮かべていた。

 そうして二人は洞窟の行き止まりに着いた。

 まだ背後には洞窟の入り口の明かりが見えている。

「ちぇっ、もう終わりかよつまんねーの」

「……」

「帰ろうぜー」

「……ある」

 帰ろうと踵を返そうとしたタツミをイオリの一言が止めた。

「なんかあったか?」

「……あれ」

 イオリが指さす先には、箱があった。

 正方形で木製の箱は異様な存在感を放ち、行き止まりの真ん中に鎮座していた。

「おっ、宝箱だ! 開けてみようぜ!」

 タツミは箱に手を伸ばした。

「いやっ!」

 箱に手を伸ばそうとしたタツミを押し除け、箱を覆い隠すようにイオリは箱に飛びついた。

「お、おい! なんだよ!」

 押されて尻餅をついたタツミは慌てて立ち上がり、箱に飛びついて座り込んだままのイオリの肩口から箱を覗き込む。

 箱はイオリの手によって開けられていた。

「あー! 勝手に開けんなよ! 俺が開けたかったのに!」

 先を越されたタツミは怒ってイオリに詰め寄ったが、イオリはなんの反応も返さない。

「なんか入ってたか?」

 タツミはイオリの様子を全く気にせず、わくわくしながら箱の中身を聞いた。

 すると、イオリが振り返り、はにかんで答えた。

「何も入ってなかったよ」

「えー、本当かよ?」

「ほら」

 開いた箱を見せられたタツミは、箱の中身が黒く積もった埃と砂しかないと見ると肩を落としてショックを受けた。

「ほんとだー。なんだよ、歩き損じゃん」

 落胆したタツミは箱を閉じて大事そうに抱えるイオリを不思議そうに眺める。

「持ってくのか?」

「うん。何かに使えるかと思って」


 それから洞窟の前まで戻った二人は日が傾いているのを見て、山を降りることにした。

「結局、なんに見つからなかったな。その箱以外」

「そうだね」

 行き止まりにあった箱は未だにイオリが胸元に抱えている。。

「……、……ッミ!」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん? 何にも言ってないよ?」

 不思議そうに首をかしげるイオリを見て、タツミは気のせいということにして深く考えなかった。

「ねぇ、タツミ! 今日の晩御飯なんだろうね!」

「んー? どうせ昨日の残りのカレーだぜー!」

「あはは! そうかも」

 イオリのもつ箱がわずかに揺れたのを、タツミは気づかなかった。

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裏山の箱 悠之信 @kurinero

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