第2章 夏と夕日と秘密

 高校3年の夏。部活を引退し、そろそろ受験の日が近づいていた。駅のホームで出会った女性とは、コーヒーショップで再開して以来音沙汰がない。

 「拓海、今日出かけるって言ったでしょ。早く起きなさい。」聞き馴染みのある母の声で私は目を覚ました。外はまだ薄暗く鳥の声ひとつ聞こえない。重い体を起こし壁にかけられた黒い時計に目をやるとまだ4時だった。私はすぐに準備をし、家族と共に海へ向かった。

 3時間ほど立ったのだろう。外はもうすっかり明るくなっていて、日差しが私を照り付けていた。まだ7時半だってのに海はお祭りのように、賑わっている。全身に当たる潮風、波の音、目の前に広がる青の景色が私の心のウイルスに消毒をしていく。私は走り出した。走ろうと思ったのではない。海が私の体を掴み私を手繰り寄せたのだ。波打ち際まで行くと私に遅れて女性が走ってきたのだ。こんな人がいるのに、バカなやつだな。「あ、久しぶりだね。」聞き覚えのある声に私は目を見開いた。バカなやつがコーヒーショップで話した女性だったのだ。少し茶色い髪の毛に白のワンピース。前見た時よりも少し大人っぽく見える。「もう会えないかと思ってたよ。」彼女はニコッと笑い私を見つめた。あの日と同じ胸の高鳴りが私に襲いかかる。「そういえば、名前なんていうの。」私は咳をするように言った。「あ、まだ行ってなかったね。知りたいの。」私は言う。「知りたいから言ったんでしょ。」彼女は答える。「そうだよね。美穂って言うんだ。」終始顔の赤い僕は相槌を打つことしか考えられなかった。

 「ここ人多いから、あっちの大きな岩の方に行こ。」彼女も少し顔が赤かったように感じた。私たちは、小学生に戻ったように岩へ走り出した。ゴツゴツした岩が大量にあり私たちを囲む。学校のこと、部活のこと、家族のこと、恋愛のこと。いろんな話をした。何分立ったかわからないが、日が沈んで、オレンジ色に包まれていた。私は悟った。君と会う時間が終わってしまうこと、次会えるのもいつかもわからない。君の綺麗なまつ毛を横から見て思った。「じゃあ行こっか。」彼女は言う。私は相槌を打ち歩き出した。

 夕日はスポットライトに、波の音はBGMになり、彼女は僕のこの小さな物語のヒロインになってほしいと、砂に映る影を見て思った。「あのさ、LINE交換しようよ、離れても繋がっていれるように。」わたしはなぜこんなことを言ったんだ。今でも思い出せないんだ。美穂は笑いながら言った。「いいよ。」私の心臓の音は波音ではかき消せなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る