第1章 春とコーヒーと初恋

 高校3年生の春。受験勉強や部活に忙しくなっていた頃、世間でいう恋だとか、恋愛というものから遠ざかっていた。

 仙台駅で勉強をするため、学校帰り少し寄り道をした。夕陽に照らされる車内は、少し眩しいくらいで目を開けるのもやっとだ。車体は大きく揺れ、隣のおじさんがたまに私にぶつかる。そろそろ起きてくれよ。車体が大きく揺れる。駅についたようだ。

 電車から降り人混みに紛れてホームを歩く、この時間帯になると、やはり人も多いようで肩と肩がぶつかる。やばい、ペンを落としてしまった。ペンを探し、視線を下に向けると、私のペンを持った綺麗な女性が立っている。「あ、ありがとうございます。」明らかに女性に慣れていない言動と態度が私の鼓動を早め、顔の奥を熱くする。少し茶色く胸まで伸びた髪の毛、白い肌に、長いまつ毛、僕と同じか少し小さい背丈の女性。少し幼い雰囲気だ。「どうぞ。」彼女はそう言って黒く光るローファーのズレを治しながら、ゆっくり進んでいった。

 私は足早にある場所へ向かう。駅の近くにある商業施設に入った私の行きつけのコーヒーショップ。落ち着いた雰囲気の音楽に、コップとテーブルが掻き立てる音、客が出入りするドアの鈴の音、密かに聞こえる笑い声や、話し声が私の中で、BGMとして耳に入ってくる。この店は、カウンターはなくテーブル席だけなので、勉強にはもってこいの場所だ。店に入り、席へ案内される。いつもより少し多いかな。普段とは違い店は繁盛していた。ブラックコーヒーをドヤ顔で頼み、勉強道具を広げる。コーヒーの温度を知るために少し舌を出し確かめる。あっつ。舌を火傷してしまった。最近はポーカーフェイスで苦味を隠せるくらいには成長してきた。

 違和感のある無表情でコーヒーを飲んでいると店員が来た。「お客様、ただいま満席となっておりまして、相席でもよろしいですか。」人見知りの私は少し迷ったが「大丈夫です。」と頷いた。甲高い足音を奏でてある女性がやってくる。視線を上げるとそこには、さっきの女性がいた。

 僕の目の前に座り、こちらを見て言う。「さっきも会いましたね。」ニコッと笑う彼女を見て、彼女の目を見ずに「そうですね。」と返す。世間一般的にいえば彼女は美人の部類に入るのだろう。彼女も私と同じブラックコーヒーを頼み、勉強を始めた。程なくして彼女のコーヒーが届いた。コーヒーの入ったコップに向かってふー、と息を吐く。そして表情を変えずに飲み込む。私は見惚れていた。「なに」と笑う彼女の顔が、なぜか可愛らしくて、私はこの気持ちをしまうように冷めたコーヒーを飲む。「苦いの?」ニヤリと彼女は笑った。彼女は私の心を見透かしているのか、超能力でも使えるのか。謎に優しい表情を見てコーヒーよりも、熱くなった。

 そんな他愛もない話をして私たちは店を後にした。「またね。」彼女は笑顔で手を振って歩いて行った。心臓の音がまだ大きく聞こえている。

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