緇んでユニコーン

 ここまで性に疎かった私でも自分の体に触れてより気持ち良い部位があることは低学年で把握したし、エロ本の漫画を興味津々で隠れ読んだのは中学に入る前だろう。

 只、問題は漫画を覗き見した私が、


「『源氏物語』の御簾に入って来るとか『地獄変』で着物の乱れてるシーンって、もしかするとコレと関係ある?」


 とテンションを上げたことだ……よりにもよって、そこか。

 しかし、私は脳の半分が文字、残り半分が野遊びで構成されているような子だった。辛うじて届いた男女の気配は文学からで、裸の遊戯が一般的な人間の生活で登場することに心当たりがなかったのである。

 だから、妊娠・出産とエロ本は結び付かなかったし、自分がエロ本に興味を持っているのが性欲なのだとも気付かなかった。

 知識と繋げるならば、いっそ昆虫や動物の交尾と結び付けば、もう少しマシだったのだが。残念ながら蜻蛉の交尾と産卵を見分けて自慢しているような子はそこに性を見ていない。


 高校生。論外だった。

 保健の授業は具体的になり、避妊具が教材として回って来たが、それを女子同士クスクス笑って友達に押し付け、押し付けられ嫌がってみせる、わざとらしい騒ぎが何なのか当時の私には全く判らない。

 まだ性交が自分にどう関わるかを私は意識していなかった。性交の具体的行為も把握していない。辞書を引くと性交とセックスでループするしかなく、そこに行為は書かれていない為、行き止まりだ。


 大学生、少し進歩した。彼氏持ちの女子中心に、痛いのどうだったの性の話題を振る人は少なくなかったので、断片から想像はした。付き合っている男女はエロ本のような遊び方をするか否かに直面する認識までは到達し、それをセックスと言うことも確信する。

 しかし、まだセックスの最終形態のイメージは曖昧で、交際中の男女は概ねそれをするとまでは思っていない。で、「する」選択をした話を聞くとナチュラルに考えた。


「ユニコーンがいたら彼女達は触れないんだね」


 いないから。少なくともお前の生活圏にはそうそう生息していないから、頼む、もうユニコーンは忘れてくれ。一体、ユニコーンと何があってそんなに固い絆が結ばれたんだ、私。

 こんなだから私は誰かと付き合い始めても早々に振られる。


「二人でどこか行かない?」

「……大学で良くない?」


 全く会話が成立していなかった。幸い前時代的な厳しい親と思われていた為、周囲はそれが理由と勝手に解釈してくれた。後からこれに気付いた時ばかりは親に感謝したものだ。ユニコーンがどうの言わなくて良かった。

 只、処女が未婚女性ではなく性経験のない女性であり、セックスすると未婚でも妊娠すると把握する程度の成長は遂げたのである。同級生や先輩達の「できたかも」騒動よ、有難う。そこから既婚男女はセックスしているのだろう、とも推察できた。

 それでも男性器が女の体の中に入って来る、という性交の実態を明瞭に把握したのは大学卒業後だ。思春期辺りで訪れがちなのだろう性交への抵抗感にここでやっと私は至った。


「そうだ! セックスするとユニコーンに乗れなくなる! 私、ユニコーンが良い」


 咄嗟に逃避した私の思考がこれである……だから忘れて欲しかったのに。

 でも、そのイタさより「発見」した現実への拒否感に私は捕らわれていた。

 社会に出ると年齢が年齢。周囲は私が相応に成熟している前提で近付いて来る。性交の内容と普遍性を悟ったのは私にとってはほぼ襲われた感覚の時だった。中学生より免疫がなかったかもしれない人間にとって、それをした男性は怪物に近い。

 以来、世の男女は皆こうすると思うと、ふと気を抜いた瞬間、身震いする程、あらゆる人が化け物染みて感じられる。その誰にも言えない自分の幼さを持て余し、私はユニコーンに縋った。私にはまだマシな異形だったのである。

 精神面を乗り越えた後、押し寄せるこの黒歴史の居た堪れなさと来たら、それはもう筆舌に尽くし難い。脳内の単語が全て無効化され、一切が唯の音と化す程だ。今でも。


 更に、セックスと人間の関わりを呑み込むと自分の読書歴が黒歴史化して襲って来た。

 『古事記』、『ギリシャ神話』、『ハムレット』、『欲望という名の電車』、『すばらしい新世界』他色々。何を解った気でいたのか。十代、小説は文学系を読み漁っていただけに、そのイタさは処女懐胎妄想より冗談では済まない。「もう本なんて読まない」レベルに自己嫌悪に陥った。

 小難しい本を読む間にちょっと「悪い友達」でも作っていたら私の黒歴史は纏めて一掃できていただろうか。でも、私の黒歴史クリエイトは体質だから多分、無理だ。

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