暗んで処女懐胎

 九歳になって間もなく初潮が来た。

 私の通った女子校では四年生で月経について習うカリキュラムで、殆ど予備知識のない私の挙動不審を祖母が見抜き、女の自然な姿と教えられる。ランドセルに生理用品を常備し、それまで以上に私は大人扱いされ始めた。


「貴女はもう子供を産めるのですから女性としての嗜みを心得なさい」


 小学生に無茶振りもいいところだ。九歳に産ませる側の嗜みの問題である。しかし、当時は素直に自分が子供を産めるらしいと私は認識した。

 そして、一年後の性教育、既に月経がある私に教師が特に声をかけたこともあり、私は授業を極めて真面目に受ける。


 子宮があるから女性が出産できること。

 卵子が毎月生まれ、子宮が出産の準備をするけれども、赤ちゃんがいないと準備はやめて血が出ること。それが生理なこと。

 赤ちゃんは卵子が精子と出会うとできること。

 そして、赤ちゃんができると月経は止まること。


 国語も理科も好きな私は間違いなくこれを把握した。

 そう、間違いなく、一切の尾ひれがつくことなく文字通り理解した。


 このヤバさ、お判りになる方はもうお判りだろう。


 時は飛んで十三歳。中学一年生。

 私は生理が止まった。元々、不順だから数ヶ月は何とも思わなかったが、半年も経たず妙なことを考え出す。


「妊娠?」


 お前は聖母マリアか。

 これを思い出す度、恥ずかしさの余りツッコミを入れずにいられないのだが、当時の私は真剣だった。

 主に朝ドラから妊婦の悪阻つわりは把握しており、それはどうやら妊娠三カ月位で来るらしく、その頃にはまだお腹は大きくなっていない、という知識とも言えない知識を元に、悪阻が来たらアウトだと怯え始める。

 この時、一人で良いから悩みを語っていれば勘違いは修正されただろう。

 同級生でさえ、その間違いを指摘できる子はいた筈だ。恐らく結構な確率で、


「え! 誰としたの?」


 と言われたと思う。何しろ私の周りには今で言う過激なBL本愛好者がいたから。友達のその一言から思い込みは解消されたかもしれないのに私はそれをしなかった。恐ろしく馬鹿馬鹿しい勘違いに震えながら、気分が悪くなると悪阻かと考えるから、日に日に強まるストレスに私の吐き気は増えて行く。一年までは本当に怖かった。

 それなのに当時の私はこんなことさえ考えていたのだ。


「結婚してないけど子供ができた場合、ユニコーンには乗れるのだろうか?」


 呆れてものが言えない。

 妊娠したら親は激怒し、学校は退学になるものらしい、と悩むのと同じレベルでこれが真剣な懸念事項だった十三歳。もう眩暈めまいしか感じない程、ファンタスティックな存在だ。私自身だが。


 流石に一年が過ぎると、子供は十月十日とつきとおかで産まれる認識と照合し、私も妊娠していない可能性を考えるようになった。

 それでも私は気付かない。妊娠する前提の行為がないことに。

 何しろセックスという言葉にさえ、それまでの人生で数える程しか接していなかった。そして、それは全て兄と兄のエロ本経由であり、何をしているか全く判らず、裸の男女の淫靡な遊び程度に思っていたのだ。世のお父さん、お母さんはそうして子供を得たなどとは繋がらない。

 月経が止まって暫くは生理不順、その後の始まったタイミングで受精し着床した可能性があるとも考え、私はやはり不安を抱えながら過ごした。

 ここまで現実離れして突飛な思考の持ち主だったなら、そういう細かいことは論理的に考えなければよかろうに、一方では奇妙に知識とロジックを駆使する。黒歴史クリエイターの素質としか言いようがない。

 受精だ、着床だ、用語はいい。知らなくても何とかなる。頼むから性教育するならセックスを教えて欲しかった。放っておくと、とんでもないファンタジーを思いつく子がいる。私がその実例だ。


 生理が止まって二年経つ頃、母親がそれに気付く。病院に連れて行かれることになり、告げられた行先が確か愛育病院だった。

 その名に私は絶望しかける。いかにも出産する為の病院の名と感じたからだ。これからお腹が大きくなり、辛いらしい出産を経験するのだと思うと内心どうしたら良いか判らない。吐きそうな恐怖に襲われ、今度こそ悪阻だと私は諦めた。

 そんな私が受診したのは思春期外来。


「女の人は自分の命が危ないと子供を産む機能が止まってしまうんだよ」


 ドクターの優しい口調とこの内容だけは今でも覚えている。その瞬間、二年間の恐怖から解放され少し虚脱状態だった。とはいえ表情が乏し過ぎ、母もドクターもまさか目の前の中学生があんな馬鹿なことを悩んでいたとは気付ける筈もない。

 自分の勘違いを口にすることなく終わった為、私の黒歴史はまだ続く。

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