第3話 本能解放

「あの、なんでこの車は砂を大量に被っているんですか?」


しばらく車を走らせていると、外明かりが遮断された薄暗い沈黙の車内で、夫楼々は話を切り出した。


「さっき愁人の話の中にもあったようにきれいなボディーの車からも鏡の住民が現れるからね。使用するならこうするのが一番ベストなんだよ。」


夫楼々の質問に対し、善輝は真っ直ぐ前を向きながら優しく答えた。


「そういえば、この街の鏡や窓がやたらと割れているのはなぜなんですか?鏡の住民と何か関係性があるのですか?」


その質問には、後部座席で腕を組みながら座っていた愁人が答えた。


「鏡の住民は鏡などの反射物から現れます。そして、鏡の住民が現れた反射物は全て粉々に割れるんです。なので、窓ガラスなどが至る所で割れているということは、それだけ鏡の住民が現れたということなんです。」


その時だった。


突然善輝が大声で指示をした。


「みんな、しっかり掴まって。」


そんな善輝たちの目の前には、数体の鏡の住民が集まっていた。


夫楼々は、小さな悲鳴を上げながら、へばり付くように手すりに掴まった。


そして、善輝は全員が手すりに掴まったことを確認すると強くアクセルを踏んだ。


『ゴンッゴンッゴンッ』


ボンネットを打ち付ける力強い音。


酷く揺れる車内。


そして数分後、鏡の住民の集まっていたところを抜けると、一同は深くため息をついた。


全員無傷で車には多少の凹みができてしまったものの、故障も無く済んだ。


「皆さんはもうこういったことには慣れているんですか?」


しばらくして一同の気分が落ち着くと、夫楼々は額の冷や汗を手で擦りながら、何気なく聞いた。


すると、善輝は重たい口調で答えた。


「心のどこかでは慣れている自分がいるのかも知れない・・でも、慣れてはならないんだと思う。今この世界では、少しの油断でも足をすくわれて死んでしまうんだから・・」


その後、車内には気まずい空気が充満し、夫楼々も無闇矢鱈に口を開くことができなくなった。


そんな時だった。


「そろそろ目的地に着くよ。」


善輝のその言葉から夫楼々はフロントガラスから覗き込むように外を確認すると、荒廃したショッピングモールがすぐそこに佇んでいた。


一同は車を降りると、ショッピングモールの入り口へと歩みを進めた。


ここも例に漏れず、外観一面に広がる窓ガラスは全てなだれ落ちていた。


『カッシャンカッシャン』


と耳障りな破壊音を繰り返す足元のガラスたち。


もともと自動ドアがあったであろう所から中に入り、すぐに見えた大きなフロントの姿に一同は呆気にとられた。


そこには推定十人程の人間が止まったエスカレーターに座って居たり、二三階の手すりをつかみながらこちらを確認していた。


「まさか、こんなところに生き残りが溜まってたなんてね。夫楼々君。あれが、人間を吸収した鏡の住民の姿だよ。」


「本当に普通の人間の姿になってる・・・いや、なら早く逃げましょうよ。殺されちゃいますよ。」


善輝の妙に落ち着いた態度とは裏腹に、夫楼々は善輝の裾を全力で引っ張りながらその場からすぐにでも立ち去ろうとした。


すると、愁人は鏡の住民を見ている三人よりも一歩前進しながら、顎に手を当て、ブツブツと独り言を言った。


「せいぜい強力なので、七人か、そこらしか吸収していない『平民』ばかりですかね・・」


そう言った時だった。


今まで一度も口を開かなかった昌樹が棘のある言葉で息継ぎなしでスパスパと答えた。


「お前はバカか?あいつらの吸収人数は零が二体、十五が二体、二十が四体、二十三が一体だ。そんなの見りゃ分かるだろ。」


そう愁人に対し、見下すような態度をすると、愁人は分かりやすく、歯ぎしりをした。


そんな一足即発の空気を、善輝は手をうちわにして苦笑いをしながら二人をなだめた。


すると愁人はそっぽを向いた後に、背負っていたリュックサックから古びた洋風の手鏡を取り出した。


そして、さらに鏡の住民たちの方に一歩前進すると、


「面倒くさいんで、ちゃちゃっと片付けちゃいますね。父さんは夫楼々さんに『契約』についての説明を頼みます。」


と、ニコッとした笑みと共に善輝と夫楼々に対し、優しく指示を出した。


それから口調を変え、いやみったらしく、


「昌樹はどこか離れた場所で指を噛んで見ていて下さい。」


と、ボソッと指示を出した。


その指示を聞くと、善輝は愁人から少し離れた石柱の後ろに来るようにと、夫楼々と昌樹を誘導した。


鏡の住民が愁人の方へと近づいて来ると、愁人の空気感が一変した。


「合わせ鏡、土より生まれし悪魔の血、螺旋に続く輪廻の加護、闇夜に浮かびし深淵の月、呪縛に縛りし我が思い、今この地に混沌をもたらせ。」


愁人は淡々と呪文のような言葉を唱えながら、床に散らばったガラスの破片で自分の腕に浅く傷をつけた。


そしてその腕から滴る真っ赤な血を数滴、愁人は持って来ていた手鏡へと落とした。


その刹那、何の変哲もなかった手鏡が、まるで小さな池で暴れる大魚が作る波しぶきのようなものを立て始めた。


それからまた愁人は呪文を唱えた時と、同様に落ち着いた様子で言った。


「我が望みは『破壊』。余命を対価に、我が望みを叶えたまえ・・」


愁人のその言葉が終わると同時に、鏡の中から鋼色の仮面が吹き出た。


愁人はそれを素早く掴むと、手鏡をリュックサックにしまい、その場に投げ捨てた。


最後にその仮面を顔に当てながら叫んだ。


「『契約』」


仮面はまるで愁人に吸い込まれるように顔に馴染んでいき、やがて吸収された。


その途端、愁人の体に変化が現れた。


愁人の顔以外の肉体はまるでメカのように鋼色に染まり、さらに背中には、骨組みだけの銀色の羽が瞬間的に現れた。


すると、突然鏡の住民たちは、興奮したように


「まさか、『契約者』だったのかー。」


と、雄叫びを上げながら愁人に接近してきた。


「危ない。」


夫楼々は、愁人の身の危険を感じ、反射的に駆け寄ろうと、立ち上がると、善輝は夫楼々の手を素早く捕まえ、


「まあ、見ててよ。」


と、安心した様子で焦る夫楼々をなだめた。


夫楼々は焦りながらもまた、愁人に視線を送った。


その時、鏡の住民は愁人の直ぐ側に来ていた。


だが、鏡の住民が愁人に腕を伸ばし攻撃しようとすると、愁人はその腕を軽く弾き、強烈な拳を鏡の住民の腹へと叩き込んだ。


拳を叩き込まれた鏡の住民は、十メートル程飛ばされ、近くの壁に激しい音と共に打ち付けられた。


そんな人間離れした力を持つ愁人に夫楼々の開いた口が塞がらないでいると、善輝は夫楼々に対し、『契約』についての説明を始めた。


「あれが『契約』だよ。『契約』は自分の鏡像と当の本人との一時的な利害の一致によるものから起こるもの。契約者は自分の余命の半分を自分の虚像に与えることによって成立する。『契約』すると、契約者の身体は鏡の住民と同じものになる。多少の銃弾でもびくともしない耐久力、いともたやすくコンクリートなどを砕く破壊力、腕や足が切られても即再生する再生力が手に入る。」


「じゃあ、あれは愁人君の姿をした鏡の住民ってことですか?」


「んー、半分正解、半分不正解ってところかな。器は確かに鏡の住民のものだけど、中身は、ちゃんと愁人だ。契約者と鏡の住民との一番の違いは、『感情』なんだ。関係性を例えるなら『虚像と実像』。鏡の住民は実像に当たって、感情などが元の人間とは真逆の物になる。それに対し、契約者は虚像に当たって、感情などが一時的に高ぶるんだ。言い換えるならハイになってるってことかな。そして、そんな感情の変化が一番の力になるんだ。ほら、見てごらん。」


と、言いながら善輝は愁人の方をまた指指した。


そこには、夫楼々がさらに目を疑う愁人の姿があった。


何度吹き飛ばされても、体を起き上がらせてピンピンしながら近づいてくる鏡の住民たちに痺れを切らした愁人は、自身の身体に力を込めた。


すると、愁人の鋼色の腕から、無数の兵器が生えてきたのだ。


その兵器の内容は、アサルトライフル、マシンガン、ピストル、ミサイルなどといった多種多様な物だった。


それらの兵器が全て出揃うと、それらの銃口は鏡の住民たちへと向けられた。


そして、カッカッカッカッという錆びた機械音の後に一斉放射された。


鳴り響く無数の銃声、揺れるショッピングモール、愁人には一切の躊躇が見えなかった。


夫楼々が呆気にとられていると、また善輝は説明した。


「あれが契約の真骨頂。『特殊能力』。契約者には、その感情や望みから能力が与えられる。愁人の場合は『破壊の契約』。鏡の住民を根こそぎ倒したいという醜悪な欲望から生まれた能力だ。無数の兵器を体内から生成できるというシンプルかつ強力な能力だよ。」


「『破壊の契約』・・・」


そうこう話している間に愁人の猛攻は終わった。


愁人は体内から出していた兵器を何事もなかったかのように体内へと戻すと、振り返り、善輝たちの方へと歩み始めた。


鏡の住民は全員見るに堪えない丸焦げ状態で至る所に倒れていた。


そんな中、一体の鏡の住民が苦しそうにゆっくりと立ち上がった。


が、原型が無くなる程歪んで焦げてしまっていて、左腹と顔の右側には更に荒廃してしまったショッピングモールの姿を見せていた。


「あ・・あ・あーー」


声がだんだんとかすれていき、助けを求めるように愁人に手を伸ばしながら一歩ずつ歩いていた。


すると愁人は、その鏡の住民の姿を見ないまま、右手にまたピストルを生成し、後ろ向きで射殺した。


そんな愁人の黒い冷徹さには思わず、夫楼々は身震いをしてしまった。


戦いが終わると、愁人が吸収した仮面が表に現れ、氷のように滑り落ちると、鏡のように割れて散った。


愁人は一瞬にして元の姿に戻ると、善輝たちの隠れている石柱へと来た。


「瞬殺でしたね」


愁人は山の山頂に登ったかのような達成感を感じているかのように清々しく言うと、それに対し昌樹は舌打ちをしながら、


「瞬殺でしたね、じゃねーよ。食品売り場消し飛んだらどーすんだよ。」


と強く怒鳴った。


「あ、それはマジでごめん・・」


愁人は初めて昌樹に対し、しおらしく謝る姿を見せた。


だが、幸い食品売り場には銃弾はいくつか落ちていたが、商品は無傷だった。


四人は缶詰や非常食などの保存の効く物をリュックサックに詰め込んだ。


すると、愁人は缶詰を両手で持ちながら口を開いた。


「そういえば、こんなに缶詰が余っているなんて珍しい場所ですね。普通、他の生存者とか、持って行きそうですけど。」


それに対し、善輝は顎に手を当てながら、憶測を話した。


「多分、ここはそういった食料を求める人間を集めて、吸収するための、さっきの鏡の住民たちの縄張りだったんじゃないかな。」


「なるほど、確かに。」


そのまま何事も無く、食料集めは終わり、無事に車まで帰って来ることができた。


車の中から感じるほんの少しの夕日の光はまるで夫楼々の人生のリスタートを表すようだった。


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