#013
※今回のヒトマクは、KAC20241にて執筆したものを再編集しています。
十五分前のこと。
家を出た私は、チャリ太の鍵がないことに気づいた。
チャリ太の鍵をつけていた、お気に入りのキーホルダーだけを握りしめていることに気づいた。
玄関に戻り、いつも鍵を置いているトレーを見る。
何があったかはわからないけれど、何かの拍子に外れたりして、鍵だけそこにコテっと転がっていると思った。
けれど、そこにも鍵はない。
カバンの中を、ガサゴソあさる。
ガサゴソ程度じゃ見つからない。
あれこれ取り出し、くまなく見る。
それでもやっぱり、見つからない。
仕方なしに、カバンの中身をひっくり返した。
ブンブン振ったら、チャリン、と出てきた。
どこに隠れていたのやら。
「さーてと。気を取り直してっと」
ロスタイムは五分。
五分前行動をしているから、この程度のロスならなんとかなる。
私はチャリ太に鍵を挿し、軽快に走り出した。
キキーっとチャリ太が悲鳴を上げる。
と、いうか、私がチャリ太に鳴けって手で言った。
「ヤバい。家の鍵かけ忘れた気がする」
チャリ太の鍵を見つけた後、家の鍵をかけずにチャリ太と共に走り出した気がする。
と、いうか、そもそも私は今日、家の鍵をかけたことがあるのだろうか。
もしかして、チャリ太の鍵がかくれんぼしていると気づく前から家の鍵をかけていないのでは?
考えながら、来た道戻る。
ボールがコロコロ転がってきて、子どもがひょこりと飛び出した。
チャリ太がまたまた、悲鳴を上げる。
人身事故寸前だった。超危ない。
「そうだね、焦ってる時ほど、落ち着かなくちゃね」
誰に言われたかわからないけれど、誰かにそう言われた気がして、誰かに応える。
家に戻って、ドアノブに手を伸ばした。
……開いてる! 鍵はかかっていなかった!
もう、時計を見ている余裕なんかない。きちんと鍵をかけると、今度こそ、と、私はチャリ太を走らせる。
信号待ちをしながら、広告看板についている時計を見た。
打刻しないといけない時間まで、あと三分。
「いっそげーっ!」
ペダルに力を込める。と、ビューン! と想像以上のスピードが出て焦る。
あれ、焦った時はどうするんだっけ?
ド忘れして、さらに焦る。けれどすぐに、
「落ち着けーっ!」
思い出して、自分で自分に言い聞かせる。
けれど、チャリ太は止まらない。ビューン! と走る。まるで、「お前遅刻するぞ急げ馬鹿野郎!」とでも言ってるみたい。落ち着いてる私よりずっと、チャリ太が焦ってる……気がした。
二分半の暴走を経て、私は時間ギリギリちょっと前に打刻した。
はぁはぁ息を切らしながら、仕事を始める。と、バイト仲間が近づいてきた。それつまり、雑談開始ってことだ。
「どしたの? もうお疲れ?」
「んー? まぁ、いろいろあったんだよね。鍵がなくなって、鍵かけ忘れて、自転車が暴走して――」
話せば話すほど、バイト仲間の顔が不思議色に染まる。
「今日も変わらず元気そうで何よりだよ」
「ああ、うん」
「事故には気をつけなよ」
「うん。気をつける」
雑談切り上げ、仕事に励む。
駐輪場で、疲労困憊のチャリ太が、弱い風にも勝てずにコテっと転び、挿しっぱなしの鍵についたキーホルダーが割れて壊れたことを、この時の私はまだ知らない。
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