#011
こんな部屋、あるって知らなかった。
扉の存在には気づいていたけど、私が入っていい部屋だなんて思ってなかった。
誘われてようやく足を踏み入れたそこは、テーブルと椅子ばっかりの飾り気のない空間。だけど、ちょっとお弁当を食べるにはちょうどいい空間。
「本当にはじめてなの?」
「うん」
「ま、実はあたしもさ、割と最近知ったんだよね。先輩に教えてもらってさ」
空いてるテーブルのところまで、ちょっと早足で歩いてく。なんで急いでるんだろうって不思議だったけど、その理由はすぐにわかった。
どんどんと埋まっていくテーブル。
ここは知る人ぞ知る、休憩スペースみたいだ。
「いっただっきまーす!」
お弁当を広げて、元気いっぱい感謝して、食べ始める。
冷め切った卵焼き、ふにゃふにゃになったコロッケの衣。
ご飯を食べるなら、あったかいのがいい。でも、お弁当箱に入ってると、なぜだか冷たくても美味しく感じてしまうから不思議だ。
「ねぇ、ナツってさ、弁当冷凍したことある?」
「……へ?」
お弁当を冷凍って、前の日とかに作って冷凍庫に入れておくっていう認識でいいのかな。私は市販の冷凍弁当はさておき、手作り弁当を冷凍しようとしたことがないから、マキの質問をよく理解できなかった。
言葉が詰まる。ご飯も詰まる。
「ほれほれ」
「ん……」
差し出された、キンキンに冷えたお茶を飲む。
「あ、ありがと」
喉の詰まりは取れたけど、思考は未だ詰まってる。
「ナツは早起きして作りそうだもんなぁ」
「そんなイメージ?」
「うん。え、あたしみたいに夜作って冷凍庫ぶち込んで、朝そのまんま持ってきたりする?」
「いや、それはない」
私の認識は合っていたみたいだ。
自分でやろうと思うことじゃないから、けっこうびっくりしたんだけど、私の想像の範囲内ってことは、それほど衝撃的事案ってことでもないのかもしれない。
「じゃあ、あたしの失敗談を聞いたら、共感というより失笑するんだろうね」
話したいのか、話したくないのか。
もったいぶってる。
でも、わかる。私にはわかる。この感じ、話したくて仕方ないやつだ。
「どんな失敗?」
「よくぞ聞いてくれた!」
マキは私のお弁当箱の中にある卵焼きをひとつ勝手に頬張って、「ウマッ」と目をパッチリまんまるにしてから、
「お昼になってもまだ凍ってて、レンジがないからそのまま食べたの」
「え、マジ? 凍ったまんま、ガリゴリ食べたってこと?」
「んー? カチコチじゃなかったから、シャリシャリって感じかな?」
平然と語り、ニカッと笑う。
雑談に花を咲かせ続けながら、冷たいご飯を食べ続けた。
ちょっとだけ、もっと冷たいシャリシャリのお弁当が気になる。
実際に食べてみようとまでは、まだ思えてないけれど。
いつかそんな気分になったら、冷凍弁当、やってみようかな?
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