#009


 あー、やばい。緊張してきた。

 この前、先輩の友だちが第一志望の会社に勤めてるって聞いたから、「話聞いてみたいです〜」なんて軽く口走った。そうしたら、なんか都合つけてもらえちゃって、話を聞けることになっちゃったんだ。

 

 どれだけ怯んだところで、私に拒否権なんてない。ここで「悪いです〜」なんて手を横に振ったら、第一志望の会社内に悪評広がりそうじゃん?

 先輩の友だちがどんな人か知らないのに、そんなイメージを持つのは、きっと良くない。だけど、知らないからこそ悪い想像はいくらでも膨らませることができちゃう。

 こういう時は、もっといい想像をしなくっちゃ。人のことを悪く考えたりするんじゃなくて、自分の未来がいい方へ進む想像をしなくっちゃ。

 でも、悪い想像よりも、いい想像の方が難しい。

 ほっぺたを両手でパチンパチン叩く。

 逃げずに会う。それで、得られる範囲の会社の情報をゲットして、就活に活かす。第一志望から内定をもらう。人生薔薇色!

 強引に、いい想像を重ねて、膨らませる。

 大丈夫。逃げなきゃ人生薔薇色!


 先輩も一緒だし、いつも通りの私服で来てねって言われたから、私服で来てみた。だけど、待ち合わせ場所で人形みたいに立ち尽くしながら、本当に、私服で良かったんだろうかって悩む。

 やっぱり、オフィスカジュアル的なものにすべきだったのでは? いいや、私的にはだいぶキレイな格好ではあって、だからギリセーフなのでは?

 自分でアポ取りしたら、こんな悩まなかったかな。

 自分でアポ取りしたら、スーツ一択だったよな。

 でも、自分がアポ取りするとは思えない。

 人の手を、繋がりを利用しなければ、私はきっとここに立ち尽くすことなんてなかった。

 頑張れ、乗り切れ、私。

 この一瞬が、この先の人生が咲くか否かの分岐点なんだからね。

 ほっぺたを叩きたくなって、人前だからって我慢して、代わりにと言っていいのやら、グッと奥歯を噛み締める。


「はやいねぇ、待ったぁ?」

 先輩が、知らない人を引き連れて、ニッコリ笑顔でやってくる。

 頭を下げて、地面を見ながら、私は大きく息を吸い込んで、吐く。

「こんにちは。は、はじめまして。崎田イズミです。今日はお時間をくださり、ありがとうございます」

「おお、ご丁寧にありがとう。はじめまして。向井です。こういう、なんだっけ? OB訪問だっけ? されるのちょっと憧れてたんだよね。気楽におしゃべりできたら嬉しいですー。じゃあ、どっかカフェでも行きますか!」

 悪い想像は、要らなかった。

 ニッコリ笑顔が素敵で、ストリートファッションがよくお似合いの向井さんなら、なんでも聞けそう。


 油断はしない。

 そして、聞き逃しもないように。

 

 自分にプレッシャーをかけまくって、ガチガチになってたら、先輩に肩を叩かれた。

「気楽にって言ってたぞー」


 ふぅ、とこっそり、息を吐く。

 にぃにぃ口を動かして、笑顔を作る。

 こうなったらいいなって未来の話の花が咲く。



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