#006


 おお、やっと来たか。

 あなたはいつも道に迷うからね。ここで待ち合わせるの、二度目なんだけど、そんなことはあなたには関係ない。

 駅だ。きっと、駅が悪い。

 あの階段を使わないと、この出口から出られないとか、あの出口から出たあとすぐに曲がらないと変なところへ連れて行かれるとか、そういう複雑な作りの駅が悪い。

 そんな文句を言うなら、田舎にでも住めばいいって、言われちゃいそう。

 だけど、あなたは田舎に行ったらマジやばいと思う。

 行ったら行ったっきり、帰ってこなさそう。

 それはまるで、神隠しみたいに。

 なーんて思ったりするけれど、田舎といえば車社会だし、車にはケチらない限りナビを載せられるし、ナビをケチったところでスマホがあるんだから、神隠しにはあわないんだろうな。

 いくら、あなたでもね。


 だんだん、あなたの姿が近づいてくる。

 私自慢の裸眼2.0が、あなたの姿を逃さずとらえる。

 おいおい、そのカバンかわいいなぁ。どこで買ったのか、あとで聞こうっと。それで、それで? あ、約束してた、オソロの靴。ちゃんと履いてる! エライ、エライ!

「ごめーん! お待たせ!」

 来た来た。にっこり笑顔がやってきた!

「気にするな。待ってない」

「うっそだ〜」

「待った。五分待った。五分だけここで待った」

「え、〝ここで待った〟ってことは、五分以上前からこの辺にいるってこと?」

「欲しいものあってさ。先に買っちゃお〜って、チョチョイとそこの黄色い看板のところまで」

「ええ、あたし、緑の看板のところに行きたくてさ、だから『チョチョイと寄らない?』って誘おうと思ってたのに」

 ぷくぅとほっぺを膨らませるから、私はそれを突っついて、

「遅刻した者が何をいう。約束の時間が近いのだ。まずはそっち。それから緑」

「え? あ、やったぁ! 一緒に行ってくれるの?」

「いいよー。実を言うと、黄色い看板のところさ、欲しいやつ在庫切れでさ。日を改めるか、緑に行くか、悩んでたんだぁ」


 もともと計画していたことが、なぜやらオマケみたいになった。

 緑の看板に行ったら何を買うんだとか、黄色い看板で何を買いそびれたとか、そんな話ばっかり。

 目の前のふわふわパンケーキが、くすんで見える。

 っていうか、アレだ。

 パンケーキが悪い。こんなにふわふわで、程よい甘さで、口に入れたらスゥッて溶けちゃうパンケーキが悪い。

 隙がなさすぎて、印象が薄い。

 印象が薄すぎて、また食べたいってわけでもないかな。

 満足はしているけど。


「そうだ。そのカバン、どこで買ったの?」

「んー? 友だちが作ってくれた」

「マジ? 友だちセンス良すぎじゃない? いいなぁ、知り合いたーい」

「このカバンめっちゃ気に入った人いるんだけど会ってみない? って、話してみようか?」

「マジ?」

「うん」


 方向音痴っていう欠点はあるけど、そんなのどうでもよくなっちゃうくらい、魅力たっぷりすぎるあなたが、私は大好き。


「持つもんは友だな!」

「はははっ! なに? 急に」


 あなたの個性が、私にそう思わせて、そう言わせたんだってば。



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