#003


 朝、会社へ行く途中、私は必ずコンビニに寄る。

 頭をシャキッとさせるための、カフェインを買うために。

 とかいいながら、せっかくお店に入ったんだしって、午前中を頑張り切るために必要な糖分も買う。

 今日も、手につかないし、大きな音が出ないからお気に入りのチョコレートにした。


「おはようございます」

「あ、おはよ〜! ふふふ。今日もコーヒー持ってる。会社で淹れられるのに、よく買うねぇ。もしかして、コンビニに気になる人でもいるの?」

「いや、別に。甘いものも買いたいから、コンビニに寄ってるだけですよ」


 ポケットからひょい、とチョコを出すと、


「頭回らなくなったら、『ひとつちょうだい』って言いに行こうっと」

「お待ちしてま〜す」


 朝のルーティーンは、滞りなく進む。

 でも、朝の作業は、ときどき止まる。

 自分だけで決めて、行動できることなら、簡単なのに。

 人や、ものが絡むと、途端に難しくなる。


「あぁ、困った困った……」


 ピンチはチャンス、というけれど、私的には、ピンチはおやつタイムだ。

 こそこそとチョコレートの封を切り、こそこそと一粒、口に放り込む。

 まだ少しだけ残ってるコーヒーを、間髪入れずに口に含めば、苦みと甘みが一緒になって、ガツンと脳を叩いてくれる。


「よーし! やってやるぞ!」


 心機一転、やるべきことと、にらめっこ。


「ねぇねぇ、脳みそがペコペコ」

 

 集中の糸をプツンと切る、チョコレートちょうだい。

 私はニコッと微笑んで、チョコレートを一粒、差し出した。


 ふぅとひとつ、息を吐く。

 もう一度、集中の糸を繋いで、やるべきことと、にらめっこ。


「先輩、優しいですよね」

「そう、かなぁ」

「そうですよ。あたしだったら、いくら先輩相手でも、チョコをあげたりしませんもん。『あそこで売ってますよ〜』って、教えてあげるくらいなら、しますけど」

「そっか」

「どうしてチョコ、あげたんですか?」


 私は最後の一粒を、後輩の手にポンとのせて、


「こうして仕事がスムーズに進んだら、それでいいと思うから。誰かがつまずいて、それで残業しないといけなくなることもあるでしょ?」

「あぁ、まぁ」

「チョコレート一粒でやる気を出してくれるなら、安いもんだよ。まわりまわって、『ちゃっちゃと帰れる』っていう、私の利益にも繋がるしさ」


 全くの嘘ってわけじゃない。

 でも、後輩に話したことは、よそ向けっていうか……かっこつけだ。


「今日はお菓子ないの?」


 そう問われるくらい、お菓子と共にありたい。

 お菓子だけだと恥ずかしいから、っていう、透明な仮面と共にコンビニに寄って、


『お待たせしました』


 って言葉と共に、コーヒーを彼から受け取りたい。


 仮面の下に、恋心を隠して。

 画面を見つめて、今日もひたすら、キーボードを叩く。



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