#002


 話しかけるのって、簡単じゃない。

 私はいつも、勇気を振り絞って、声をかけてる。


「ねぇ、これ食べない?」


 今日は、話しかけるきっかけになればって、新商品のお菓子を持ってきた。


「あ、それ……」


 食べるー! って言葉が返ってくるって思ってたんだけど、なんか気まずい感じになっちゃって、焦る。

 私、いけないことしたかな。

 あ、誰かアレルギーあるとか?

 いや、そんなことないよ。今まで、何も気にしないで過ごしてきたもん。

 そのほかに考えられるのは?

 ダイエット中の人がいるとか?

 あー、それならありえるかも。

 やばい。新商品だからってだけで選んできちゃった。こんなの、カロリーめちゃくちゃ高いじゃん。


「あ、ごめん。お腹いっぱいだった?」

 強引に笑顔を作って、お菓子をカバンに突っ込もうとした。

 あー、最悪。

 私、ちっちゃいカバンを持ってきちゃったんだった。

 昨日のトートだったら入ったのに。くそぅ。


「じ、実はさぁ」

「……ん?」

 改まって言われると、なんだか緊張する。

 こういうとき、みんなも緊張するのかな。

 私だけ緊張しちゃうのかな。

 このあとなんて言われるんだろうって、考える。

 言葉の候補が頭の中をダダダって駆ける。

 私には、私にしか見えない文字が見えてる。

 みんなの頭から吹き出しがぴょこぴょこ出てきて、あれこれ言ってる。

 大したことない吹き出しはちっちゃくて、だから文字もちっちゃい。でも、私が聞きたくない言葉の吹き出しは大きくて、文字ももちろん大きい。

 この先は言わないで、なんて、言う勇気はない。

 だけど、この先を聞く勇気もまた、まだない。


「そのお菓子……」

「え? ああ、うん」

「ついさっき、みんなで食べたの」

「……え?」

「美味しかったよね」

 

 マジかぁ……。

 食べたばっかりじゃ、そりゃあ要らないよね。

 

「そうそう。それで、美味しかったから、また食べようよって話をしてて」

「その話をしてから、何分経ったかな」

「カップ麺バリカタくらいしか経ってないと思う」

「だよね」

「それなのに、また食べられるとか」

「サイコーすぎるね」


 あれ、なんか、思ってたのと違う。

 みんな、また食べられるって、喜んでる。

 私は、考えすぎなのかな。

 もっと、気軽でいいのかな。


 たぶん、一人で食べても美味しいと思う。

 だけど、一緒に食べるお菓子は、なぜだかすっごく美味しく感じる。


 いろんなきっかけをくれたそのお菓子を、私はお店で見かけるたびに、レジに連れていってしまう。

 だけど、もう、話しかける時には、手に持ってはいかない。

 トートの中に、忍ばせていく。

 話しかけるその時に、勇気をもらう必要なんて、今はもうないから。

 ただ、一緒に食べたくて、連れていくだけだから。



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