HITOM@KU―ヒトマク―

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

#001


「やっほー! 待った? もう、電車遅延して焦ったぁ。あ、ねぇねぇ……どうかな、この帽子。似合ってる?」

 いつもは帽子なんか、かぶらない。

 ヘアアクセもつけない。

 でも、今日はちょっとイメチェンしたくて、珍しく帽子をかぶってみたんだ。

 なんで帽子にしたかって?

 そりゃあ、もしも「似合ってない」って言われちゃったら、すぐに外せちゃうから。

 アクセだったら、すぐ外せないと思ったから。


「ねぇ、どうなの? ねぇ、ねぇ」

 返事を急かす。

 でも、あなたは「うーん」ってうなったっきり、何も言わない。

 何か考えてる顔。

 なんだかなぁ。

 こんなに待たされるってことはさ、なんか、似合ってないんだろうなぁ、なんて思っちゃう。

 もう、返事を待たないで、外しちゃおっかな。


 帽子に手を伸ばす。

 両手で帽子の端っこを、ちょこっと掴んだ。

「待って」

「何を?」

「ああ、いや……。外そうとしてる気がして」

 外しちゃダメってこと?

 つまり、どういうこと?

 似合ってないってわけじゃ、ないのかな。


 ふわわ、って、冷たい風が頬を撫でた。

 ふわわ、って、チョコの香りが鼻をくすぐる。

 ふわわ、って、帽子から出てる髪の毛が踊った。

 かぶってるところは、あったかい。

 ああ、オシャレとかイメチェンとか、そんなこと考えないで、ただ〝あったかいから〟ってかぶるのも、いいかもね。


 あなたはひたすら、黙ってる。

 耳が暇だから、目を動かした。

 ああ、あそこ。あそこでホットチョコレートを売ってるみたい。

 なるほど、だからチョコの香りがするんだな。

 ふわわ、ってまた、冷たくて甘い風。

 いいなぁ、美味しそう。

 っていうか、すっごく、あったかそう。


 ホットチョコレートの看板を指差しながら、あたしはあなたの顔を見て、

「ねぇ、あれ飲みたい!」

 言いながら、あたしは不思議に出会った。

 あなたのほっぺが、ポッと赤いの。

 風が冷たいから?

 それとも?


「いいね、買いに行こう」

 あなたはようやく、口を開く。

 あたしの頭の上の話は、置いてけぼりだ。


 ホットチョコレートを口に含む。

 甘い香りが優しい気持ちを膨らませてくれる。

 からだの中から、あたたかさが広がっていく。

 あなたのほっぺは、いっそう赤い。

「ねぇ、ほっぺが赤いけど……寒かった? これ、あったかいね。甘いし、美味しいし。いいの見つけたぁ」

「そう、だね」


 すっかりどこかへ飛んでった、あたしの頭の上の話。

 それはホットチョコレートが空になった頃に、お出かけしていた鳥がちょこん、と肩に帰ってくるように、ふわわ、と舞い戻る。

「それ」

「ん?」

「すごく、似合ってる。かわいい」

 赤はじゅわりと濃くなって、赤に負けない、笑顔が咲いた。


 またこのほっぺに出会うために、何をしようかなって考え事が、頭の中でグルグルしてる。

 からだも心も、ポカポカしてる。

 未来を描いて、ワクワクしてる。


 心が足を弾ませる。

「もう、置いてかないでよ」

「えへへ」

 スキップしてるあたしを見て、あなたは微笑む。

 あなたの足も軽やかに前へ、あたしの方へと動き出す。

 


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