コータ・アデナ・サラギナーニア
――おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!
――アルムとミレーヌに誘われ、幌から姿を現した半身に黒い文様が刻まれた男を観て、場を占める観衆の中から地鳴りの様などよめきが起こった。
そんな辺りをチラリと見渡したアルムは、したり顔でその男――『魔神モード』状態のコータに目配せをする。
(やれやれ――円滑に事を運ぶのに必要だってのは解るが、この姿を、一種の見世物にするのはちょっと恥ずかしいな)
コータは些か顔をしかめ、数時間前のアルムとの会話に思いを耽る。
「――コータ殿、ワールアークでの出迎えの際に一つ、お願いがあるのだけれど……」
例のワールアークからの合図の後――幌の中で起き上がったコータに、アルムは御者台から振り向きそう告げた。
「ん?、何?」
「民に、コータ殿の姿を最初に見せる際は――"魔神の文様を明らかにして居て欲しい"のです」
コータの尋ねへの返事として、アルムが言ったその言葉に、コータは表情を曇らせ、訝し気に自分の右半身を摩った。
「畏怖や懸念の思いを、民に催させるとお思いかと存じますが、それこそが私の狙いなのです」
一早く、そのコータに表情の意味を察したアルムは、先手を打つ様にそう言って……
「――世界を滅ぼしかけた魔神を、我ら人はこうして封じる事に成功し、そして、こうして今は、それを宿した異界からの依り代と共存して行くのである――
この、これからの共通意識を、民に解り易く伝えるために……協力して欲しいのです」
――開けた幌へと向き直り、懇願する体でコータへと頭を下げる。
この時――背後でその様を観ていたジャンセンが、アルムの臣下として屈辱を催し、歯軋りの音を発てていた事は、その場の誰も気付いてはいない……
「……要するに、政治的パフォーマンスをしたいから、一芝居打って欲しい――って言ったら、ちょっと違うか?」
コータはこめかきを掻き、イヤらしさを醸す表現しか出来ない、自分の語意を恥じながらそう応じる。
「……まさにそのとおりですから、返す言葉はありませんよ。
アルムはそう言って苦笑いを見せると、恥ずかしそうにコータの目線から、その笑顔を恥じる様に目を逸らした。
「……解ったよ、俺の
(――って、啖呵を切っちゃったしね……さぁっ!、観ちゃって頂戴なっ!)
コータは心中でそう思い、彼がどこぞの力士さながらに、気合を表す様な体で天を仰いで見せると……
――ザワッ!!!!、ガチャガチャガチャッ!!!!
――観衆からは恐怖感からか、更なるどよめきが……その前方に並ぶ兵たちからは、警戒感からか、鎧や武器を震わす音が響き渡る――
「……あれ?、逆、効果?」
コータは小声で、渋い表情をしてそう呟く。
「コータさぁ~ん……アドリブは要りませんよぉ」
「はは……良かれと思っての事だろうし、この反応は僕の懸念が当たっていた証拠さ。
さっ、コータ殿、このまま僕たちと共に…」
ミレーヌとアルムも、小声でコータの呟きにそう応じると、3人は手を繋いだまま一歩ずつ、バルコニーへと続く階段を上がって行く。
(――観るからに、魔の神を宿していると解る者を真ん中に、討滅派の急先鋒だったヒュマドの王子と、その魔の神に国を滅ぼされたエルフィの姫が……それを宿す者と手を繋ぎ、笑顔も見せながら共に歩む――
確かに、人と魔の神の融和を表すのに、これ以上は無い演出じゃな)
コータの精神世界では、この様子を俯瞰的に見やっているサラキオスが、皮肉も交えた様子にそう揶揄していた。
(ああ、ハラの中は、なかなか喰えねぇ王子様だよ)
(ふふ……我が、お前の気に入っている所は、意外と何でも見透かして、モノゴトというモノの本質を観ているトコロじゃわい♪)
冷めた切り替えしをしたコータに、サラキオスは嬉しそうにそう告げた。
「――陛下、そして、エルフィ・クィラーニア様……アルム、只今戻りましてございます」
「――ヒュマド・キガラーニア様、それに母様……世界が御意の大任、無事に終えてございます」
バルコニーへと階段を昇り切ったアルムとミレーヌは、コータから手を放して2人の王の前に畏まり、ヤーネルにも、ガルハルトにも見せていた、形式的な平伏をして見せる。
そして、コータはというと……
(――ええっと『コータさんは、その身の内に魔の神を宿しているサラギナーニアであるワケですから、母様やヒュマド王とは同等――いえ、考え様に因っては、身分はコータさんの方が上だと言って良い存在なので、私たちが平伏を見せても、コータさんはそのまま――むしろ、立ったまま偉そうにしていてください』……だったな)
まるで――二人を引き連れて来たが如く、ミレーヌからの助言通りに、二人の王の前に仁王立ちしていた。
ちなみに、ジャンセンの解説の際には、あえて触れてはいなかったのだが――『キガラーニア』とは王、『クィラーニア』は女王を表している。
つまり、サラギナーニアの『ニア』とは『尊ぶべき立場に居る者』という意味なのだ。
「――アルムよ、そしてミレーヌ姫……大任成されし事、祝着である」
「ミレーヌ……それに、王子殿下も、無事に戻られて何よりです……」
順にヒュマドの王――プラート、エルフィの女王――ミーシャが、それぞれに自分の子と相手方の子へと労いの言葉を贈る。
そして――二人の王は、おもむろに玉座から立ち上がり、一歩前へと出た。
コータが目の前にしたプラートの容姿は、アルムと同じくヒュマド族らしい栗色の髪に白髪が多めに混じった、年の頃も明らかに50は過ぎていると解る容貌であった
だが、流石はイケメンであるアルムの父――醸す雰囲気は、まさに『ちょい悪オヤジ』と言った様相で、まだまだ血気は盛んであろうとコータは思った。
対して、エルフィの女王――ミーシャはと言えば、エルフィらしい金髪の長髪を真っ直ぐに背へと垂らした、これも流石はミレーヌの母だと言えてしまう美貌の持ち主で……前出しておいた、例の長命設定のカラクリとして挙げた、魔力量の潤沢さから来ているという若々しさも、ミレーヌの母というよりは……姉だと言ったとしても、大きな反論は出て来ないであろうと思えるレベルだ。
(――今、『ミレーヌよりも、むしろこの母の方が
(うっ……るっせぇよ!)
――という、精神世界での会話はさておき……
(――『王と女王が立ち上がり、一歩前へとコータ殿の方へと歩み寄ったら――貴方も、一歩前へと歩み寄ってください』……っと)
コータは、アルムから事前に聞いていたとおりの展開となったので、その助言通りに一歩前へと出た。
(――で、そうしたら『魔神モード』を解除……だったね)
――スゥッ!
おぉぉぉぉぉぉぉっ……!!!!
コータがそうして、魔神モードを解除すると、観衆からまた大きなどよめきが起こった。
(――二人の王を前にした所で、俺が魔神の力を制御して見せれば……人の意思で、魔神の力は鎮められる様になったのだという事を示せる――か。
やっぱイケメンって、こーいう演出も出来るからモテるんだろうな)
コータは、横で平伏したままのアルムを横目に見やり、心中では苦笑いを催していた。
そして、コータと対峙した二人の王はと言えば――まず、ミーシャが先に口を開き……
「――世界の境を超えてまで、我らが要望に応えて来てくれた事……エルフィが民に変わり、厚く御礼を申し上げます」
――と、文様が消えた彼の右手を両手で包み込む様に握手をした。
「いえ、俺はそんな聖人地味た動機じゃ……」
「いえいえ、貴方はこれまでの全てを失う、苦渋の決断を下してまで、我らを救う道を選んでくれました――それは、貴方が自分で思うよりも、尊ぶべき偉業にございます」
ミーシャは感涙が落ちそうになる事を耐えながら、そう言って謙遜するコータの右手をさらに強く握った。
「異界から来た魔神の依り代――『アデナ・サラギナーニア』たるコー……?、――タ?、……うっほんっ!、コータ殿よ。
このヒュマドが都――ワールアークへとよくぞ参られた」
一方のプラートは、アルムが耳打ちした事が丸解りな体で、つっかえ気味にコータへと声を掛けた。
「エルフィ・クィラーニア同様――我も、ヒュマドの民を代表して、貴公の英断に感謝を申す」
プラートは、ミーシャが握ったままの右手ではなく、コータの左手へと手を伸ばし、彼と握手を交わすと、そのまま……
「――こうしてっ!、異界からの勇者の降臨によりっ!、魔神の怒りは鎮められたぁっ!
皆の者っ!、この平和を齎したっ!、コータ・アデナ・サラギナーニアへっ!、我はココにっ!、盛大なる敬意を表す事を世界の万民へと示そうっ!」
――と、空けていた左手を天に掲げ、その宣誓の様な言葉を、その場に居る全ての者へと告げたのだった。
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