世界異れば片魔神

「どっ……どゆ事?」


 公太は驚き過ぎて、呂律も上手く回らないまま、皆の顔を見渡してチュンファの発言の意図を尋ねた。


「極々稀に――数十年、数百年に一度の周期で、異界の方がコチラへと迷い込んでしまわれる例があるのです」


 ――と、公太からの尋ねに答えたのは、やはりというか説明好きらしいランデルだった。


「チュンファ嬢は、10年前にドワネの国へと異界から迷い込んで来た、”鋼の怪鳥”の中に居られた幼子で……」


「あっ――現世風に訳すとね、鋼の怪鳥っていうのは"飛行機"の事で、私は7歳の時に、偶然搭乗してた旅客機ごと、このクートフィリアに転移して来たの」


 昔語りをする様に話し始めた、ランデルの話の腰を折る体で、チュンファは簡素な形で経緯を教え始める。


「――10年前に旅客機ごと?、まさか……香港から飛び立ち、マレーシア沖で消息を絶って、未だに見つかっていないっていう、こないだ未解決事件スペシャルでやってたヤツじゃ……?」


 公太はチュンファの話を入口に、数日前にやっていたテレビ番組の事を思い出し、驚愕しながらチュンファの顔を見やる。


「うん、たぶんそれの事――私は子供だったからよく覚えてないし、詳しくはよく知らないんだけど、一緒に生き残った大人たちから聞いた事と、あなたが今言った事は同じだよ」


「私たちが、現世での依り代探しという結論に達したのも、側に居るチュンファの存在からなのです。


 私が、ある程度の異界の状況を把握した上でそれに臨めたのも、彼女とその時の転移者の皆さんのおかげで……」


 頷きながら、公太の推察を認めるチュンファの言葉を補足する様に、今度はミレーヌが此度の策の更なる経緯を語った。


「……そーいや、ミレーヌちゃんは、カタコトでも翻訳魔法無しで、日本語を話してたな」


 公太は頭を巡らして、ミレーヌと出会った時の違和感に今更気付いた。


「ええ、困らない程度にはと、転移者の皆さんから主要な4か国語ほどを習って……」


「⁉、うわぁ……天才だ!、ココに天才が居るよぉ…」


 ミレーヌがごく当然の様に言うと、公太は呆れた体で顔をしかめた。


「――その時に、転移者の方から聞いた……


『――依り代を探すのなら、まずはニホンという国に行って、絵物語アニメを観ている様な人を探せ!


 相手がエルフなら、絶対に喰い付くはずだから!』


 ――という言葉のおかげです♪、コータさんと巡り会えたのは♪」


 ミレーヌはそう言って笑みを浮かべ、嬉しそうに両手を絡める。


「……それ、遠回しに日本のアニメ好きをディスってるよね?、それを教えた人」


 公太は顔を引き攣らせ、不満気にそう呟いた。


「あっ、それ教えたのは日本人だよ。


 私もよぉ~く知ってる転移者ひとで……一区切り着いたら、今度会わせてあげるよ。


 そういえば……日本人って事は漢字、読めるよね?、私は……」


 チュンファはまた補足を加える体でそう言うと、地面を指でなぞり……


リー春花チュンファ


 ――と、名前を漢字で表した。


「――です♪、ふふ……漢字が通じるって、なんか新鮮~♪、よろしくね、コータさん♪」


 チュンファは嬉しそうにそう言うと、公太の両手をギュッと掴んだ。



 …その時の感触から、公太はやっと…これまでの想定とは違う、ある事実に気付く。



「――そういや、魔神を身体の中に封じられたら、俺の片麻痺、治るってハナシだったよね?」


 公太がそうして疑念を口にした時、皆は一斉に……



『――あっ!』



 ――という様に、祝賀ムードに満たされていたせいで、いつの間にか忘れていた、公太をこの世界に連れて来る上での、ある意味では一番大事な契約条項が履行されていない事に気付く。


「……そう言えば、お身体の状態に変化がありませんね」


 ミレーヌは表情を引き攣らせ、公太の右半身を確かめる様に触れる。


「クアンヌの民が残した文献に載っていた、病で半身が動かせなくなった依り代の者が、魔神の魔力を補助として用いていたという記述――それを根拠に、コチラにお越し頂いたのだろう?」


 アルムも顔色を蒼ざめさせ、ミレーヌに確かめる様に尋ねる。


「えっ、ええ……まだ、封印以外の何かが必要なのかしら?」


 ミレーヌも、アルムと同様な顔色へと変わり、困惑した表情を浮かべた……その時。



(――右半身への魔力適用を許可致しますか?)



 ――と、公太の脳裏に、少女っぽい声色でそう尋ねる声が響いた。



(⁈)


 驚いた公太は、目を見張り、辺りを伺おうとするが――いわゆる金縛りの如く、身体の主であるはずの彼の意を還さず、その動きを許さない。


 そして、時間が止まったかの様に、ただミレーヌたちの困惑した様子だけを見せられている恰好だ。


(まさか――サラキオスか?」


(かっかっかっ……如何にもじゃ、異界の者よ)


 公太の推察どおり、この異変の元凶は――彼の内へと封じられた、魔神サラキオスその者だった!



(……何のつもりだ?、大人しく封印されたんじゃなかったのかよ?)


(かっかっかっ、ようやく――うぬの身体にも慣れて来てのぉ。


 その頃に丁度、病んでおる方の半身の話となっていたのでな……お前に、我の力の使い方の説明をばと思うてな)


 訝しげに動機を探る公太に対し、サラキオスは得意気にケラケラと笑いも交えてそう答えた。


(ちなみに――我らが今、こうして話しているこの場は、いわゆる”精神世界”というヤツじゃ。


 よく見かけるじゃろう?、『まんが』や『あにめ』とかいうモノでもこーいうシーンを)


(……そうだな、確かにあるぜ。


んな事をお前が知ってるって事は、俺の頭ん中を覗いたってコトだな?)


 サラキオスの今の状況についての解説に、公太はツッコむ体で更に深い面を言い当てる。


(かっかっかっ♪、やはり聡いな、お前は。


 故に先程の問いかけは――異界では『あぷり』とかいう物を新規に動かそうとすると、こうして確認をするのであろう?、それを真似てみたのじゃ♪)


 サラキオスは楽し気に、あのしたり顔が思い起こされる口調でそう言った。


(――ったく、俺の事を面妖だとかよく言えたもんだぜぇ……てめぇの方こそ、酔狂過ぎる魔神様だよ。


 で?、どうすりゃあアンタの力で、右半身を動かせる様になるんだ?)


 公太は呆れた様子でサラキオスに皮肉を言うと、核心に触れる部分を問いかける。


(ふふん――では、許可するのだな?)


(ああ、良いぜ)




 ――ブオンッ!




「!!!!!」


 ――突如として、公太の半身に迸った黒い魔力の波動に、それまでそれに触れていたミレーヌは、驚愕して一気に後ろへと飛び退いた!



「コッ、コータ殿!、如何しましたかぁ⁉」


 同じく驚いて、瞬時に身構えもしたアルムは、変容した公太の姿を警戒しながら、確認の問いを投げた。



 公太の腹に刻まれていた黒い文様が、右半身全体へと伸びる様に拡がり、魔神少女の周りにも展開されていた、黒い波動がそれを覆う様に彼の身体に迸っていた。



「――大丈夫、ちゃんと意識があるし、サラキオスに身体を乗っ取られたって類じゃあない。


 ヤツの力を扱うって事は、こーいうコトらしい」


 公太は右手を握り締めて見せてその稼働を確認し、身体と同じく顔にも半分発現している、宛ら隈取と言った様相の文様を撫でながら、少し残念そうな顔をする。


「……しかし、これじゃあ日常生活でどうこうってシロモノじゃねぇな。


 流石に、この顔の文様を見せながら暮らすのは恥ずかしいし……」


(ふむぅ……そうか?、ならば……)


 公太がそうして不満を吐露すると、またサラキオスの声が彼の脳裏に響き……



 ――シュン!



 ――そんな音とともに、一気に文様と波動は消え失せた。



(……動かしてみよ)


 またサラキオスの声が響き、公太はそれに従って右手を握る素振りを見せる。


「……おっ?、おぉ~っ!!!、ちゃんと動かせるし、過度な魔力の放出も無い!」


 なんだよぉ~!、やれば出来るんじゃんっ!」


(魔法を使わぬ場面ならば、魔力の発現は抑えられるからのぉ♪)


 公太が発した誉め言葉に、サラキオスはまた得意気にそう応じた。


「あっ、あのぉ……コータさん?、さっきから一体どうされて……」


 誰かと語り合う様に独り言を溢している恰好の公太に、ミレーヌは心配した様子でそう尋ねた。


「ん?、ああ……"中"に居る、サラキオス当人と話してるんだよ」


「!!!!!!!」


 公太が告げた衝撃的な言葉に、皆が一斉に一歩、後ろへと退いた。



 ついに得た、自由が効く右半身の様を見据えて、公太は……


「まあ、怖がられてもしゃーないよな……『片麻痺』だった部分が『片魔神』になってるワケだし♪」


 ――と、駄洒落を気取った言い草で、呆れ気味にそう言った。

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