世界異れば片魔神

戦い、終わって

 「……うっ、んっ?」


 火花が小さく爆ぜる音が公太の耳元に響き、彼は、それを嫌がる様な呻き声を挙げ、おもむろに薄目を開けた。


「――おっ?、目を覚まされましたかな?」


 そう彼の隣から声を掛けて来たのは、頭頂部の様相が寂しいチョビ髭男……


「ん……っ、ランデルさん――だっけ?」


 ――と、公太は見た目の印象から覚えていた、馬車を御していた男に思い当ってそう応じた。


「おおっ……覚えてくださっておりましたか?、恐れ入りまする」


 ランデルは微かに笑みを浮かべ、公太に向かって恭しく頭を下げる。


「――皆様っ!、クートフィリアの救世主が、御目覚めにございますよっ!」


 ランデルが嬉しさも混じる声で、そう叫びながら振り向いた先には――ミレーヌを始めとした一行パーティが、皆揃って焚火を囲んでいた。


「!、コータさんっ!」


 ランデルの声を聞き、慌て気味に立ち上がったのはミレーヌ――彼女は、横たわる公太の側へと駆け寄る。


「……ふぅ、これで本当に一安心です。


 大丈夫だと思ってはいましたが、やはり御目覚めにならない様だと、要らぬ不安が頭を過ってしまいますから」


 ミレーヌは服の胸元を強く握り、目を瞑って安堵の表情を見せた。


「……"そーいう顔"をしてるって事は、上手く行ったんだね?」


 公太は,、彼女の表情と言葉にそんな意味を感じ、確かめる体でそう尋ねた。


「はい、万事、抜かり無く……」


 ミレーヌがそう言いながら指差した、自分の胸から腹部に掛けた様子を見て公太は……


「はは……緋牡丹とか龍じゃないから地味だけど、銭湯とかプールには行けなくなったな――って、もう元の世界には帰れないから別に関係無いかぁ」


 ――と、苦笑いをしながら、そっとその黒い文様となった部分をそっと撫でた。



「よっ……」


 焚火の周りからもう一人――栗色の髪を5分に分けた若い男が、諸刃の剣を杖替わりにして立ち上がり、彼もゆっくりと公太の前へと歩み寄る。


「――コータ殿、面と向かっては初めてお目に掛かります。


 私はアルム・ヒュマド・プリスマ――ミレーヌと共に、ヒュマド族を代表して、魔神封じの旅をしていた者にございます」


 若い男――アルムは、小さく会釈をしながらそう名乗った。


 彼のその動きに呼応する様に、ランデルは一歩下がった位置に退き、身を正して……


「では、改めまして……私はランデル・ヒュマド・ビルスマと申します、コータ様」


 ――と、畏まって初めてフルネームを名乗る。


「挨拶して貰ってるのに、寝そべってちゃ失礼だよね……よいしょっと」


 公太は、慣れた様子で動かない半身を巧みにカバーする起き上がり方をして、前に鎮座した二人の男の前に座った。


「えっとぉ……確か、"ミドルネームが種族を表す"って、ミレーヌちゃんが言ってたから、お二人は俺と見た目が変わらない"人間"――”ヒュマド族”って事だよね?」


 公太は起き抜けの頭を巡らし、今名乗った二人の素性について触れた。



 そう――例の説明時、ミレーヌは詳しく述べていなかったが……"ヒュマド族"とは、現世の人間に限りなく近い容姿をしている種族を指す。


 エルフ――"エルフィ族"ほどには、魔法の扱いには劣るが、それを知恵でカバーしている種族というのが、公太がミレーヌから聞いた総評である。



「如何にもございます――私はヒュマド族の商人、アルム様は、我らヒュマド族の王子殿下にございます」


「――へっ⁉、おっ……王子さまぁっ⁈」


 ランデルが仔細を補足する形で付け足した予期せぬ事実に、公太は目を見張ってアルムの方を見やる。


「ミドルネームが種族を表すのなら、ラストネームは身分や職業を表すのが、このクートフィリアの流儀でございましてな。


 畏れ多くも『プリ』は種族王の正統子、『スマ』はその男性である事を表します――故に、アルム様のラストネームは『プリスマ』


 ちなみに私の『ビル』は、商人を表しますので『ビルスマ』と成るのでございます」


 ランデルはしたり顔で、そして妙に嬉しそうに、公太にこの世界における名前の意味を得々と説明して見せる。


「ラッ!、ランデルさんっ!、その辺りの説明は後で……まずは、皆がコータさんに自己紹介を済ませるのが先だと思うのですけど?」


 ミレーヌがこめかみに冷や汗を滲ませながら、慌て気味にそう言う素振りを見て、アルムは……


「はは♪、ランデルの説明好きに火を点けてしまいそうだものね……こほんっ!、失礼した」


 ――と、彼女の慌てた様子に、思わず笑みを見せた彼は、咳払いを区切りにして、公太の方に向き直る。


「そう言う事で、私は王子そういうものにございます……コータ殿」


 アルムは気恥ずかしそうに苦笑いを見せ、手を伸ばして公太に握手を求めた。


「はっ、はいぃ……よっ、よろしくぅ」


 公太は公太で、王族の類と相対するというまさかの展開に動揺し、彼は引き攣った表情と震えた健常な方の左手を伸ばし、アルムと握手を交わした。


「……ん?、そういえば――ミレーヌちゃんのラストネームにも、確か『プリ』が……っ⁈」


「ええ、そうですよ、ミレーヌはエルフィの……」


 ――と、握手をしながらそれに気付いた公太は、そう呟いて表情から血の気が退き始めると、アルムのダメ押しで公太の顔色は一気に蒼白へと変わる。



「……ええ、いくら救世の、そして如何に異界の御仁とは言えど――我らエルフイが姫君に対し、『ちゃん付け』されておられる様は、実に看過し難い事柄よぉ……」


 公太とアルムのやり取りに割り込む形で、不満気にそう告げたのは――先程の戦いで、魔法の鎖でサラキオスを拘束して見せていた……


「――ローラン・エルフィ・セトスマ。


 聖職の任に着くエルフィが民だ、異界の御仁よ」


 ――と、長い金髪を背に垂らしたエルフの男が、焚火を突きながら幾分憤慨した様で、ぶっきら棒にそう名乗った。


「もうっ!、ローラン!、何て失礼な物言いをするのですかっ⁈」


 ローランのぞんざいな態度に、ミレーヌは叱り付ける体で抗議する。


「ひっ、姫様……しっ、しかし、魔力無き異界の者に軽んじられては、エルフィの王族にとって恥辱に等し……」


「――その考えがっ!、クアンヌの民の軽視に繋がりっ!、此度の悲劇を生んだのですっ!


 それを改める事が、後の平穏への第一歩であると、一行みなで話し合ったではありませんかっ⁈」


 弁明の中で、差別的な物言いを口にしたローランに対し、ミレーヌは憤怒の表情を強めてそう言うと、青菜に塩の如く彼は押し黙った。


「――コータさん、失礼致しました」


「いっ、いやぁ……構わないよ、ミレーヌちゃ――じゃなくて、"様"」


 臣下に変わって詫びるミレーヌに、公太は顔を引き攣らせながら、言葉を選んで返答する。


「ううぅ……コータさんにああ呼ばれるのは、新鮮でとても気に入っていたのにぃ。


 皆で、余計な事を教えるからぁ……」


「はは、確かに……


『――真に、自らを王族たると思うなら、身分をひけらかすは愚の骨頂なり――』


 ――は、クートフィリアの王族が、文字よりも先に学ぶ心得だからね。


 それを異界の御仁に対しても貫き、あえて王族そうとは名乗らなかった君は、とても立派だよ」


 不満気にアルムとランデルに顔を向けたミレーヌに、アルムはたおやかな笑顔も見せて称賛する。


「気に入っているのなら、僕も『ちゃん』を付けて呼ぼうかな?」


「ええっ⁈、アッ、アルムったら、何て戯れ言を仰るのですかぁ……」


 ――と、からかう体で話題の方向を替えたアルムに、ミレーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジして応じて見せる。



(ん?、もしかして……)


 その様子を見た、公太の脳裏に……



『――クートフィリアには、"心に決めた御方"だって置いて来て……』



 ――という、ミレーヌの言葉が過った。



(ははぁ~ん……そーいうコトか♪)


 公太は、そう思ってニヤけると……


「――ランデルさん、種族間結婚や恋愛って……」


 ――と、ランデルに、この世界におけるその辺の事情を問うた。


「おや?、お気づきになられましたか。


 まあ、否定的な方も居るには居ますが、タブーでも法的な束縛もございません。


 私見で言えば、此度の困難を共に乗り越えた両種族の絆を思うと……この縁談は、是非成就して貰えればと思うております」


 ランデルは、公太の問いの意を汲み、嬉しそうな声色の小声で返した。



「――と、さて、これでコータ殿に自己紹介していないのは君たちだけだよ?」


 ――と、アルムはまだ焚火の周りに残っている、兜を被ったままの大柄な男と、結んだ黒髪を背に垂らした細見の女に声を掛けた。


「――と、ジャンセン・ヒュマド・ロドバスマと申します。


 ヒュマド王家が近衛を代表し、王子とミレーヌ様の護衛を仰せつかっております」


 まず、立ち上がって名乗ったのは大柄な男の方――先の戦闘時、重鎧を纏って奮戦していた者だった。


 彼は兜を脱ぎ、公太の方を向いて跪いて名乗った――と焚火の火の粉がピカリと照らす、ツルリと禿げ上がった頭頂部を晒す恰好で。


「私は……"リー・チュンファ"よ」


 ――と、次に名乗ったのは、アルムと共に奇襲を掛ける体で、魔神少女に襲い掛かっていた、この一行の中からすると、異質な雰囲気を醸す黒髪の女だ。


「……え?」


 もちろん、異質なのは外見や雰囲気に限らず、名乗ったフルネームも他とは違う様相――公太は聡く、その事に気付いてチュンファに対して疑念の表情を浮かべた。


「ふふ♪、やっぱりそう思うよねぇ……明らかに、名前が中国名チャイニーズなワケだし。


 私は……あなたと同じく異界――いえ、"現世"から、この世界に来る羽目になった者よ」


「!!!!!、ええっ⁈」


 公太はチュンファの告白に、心底驚いて目を見張った。

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