終結

「ええっ⁉」


「なっ……なん、だってぇ?」


 ――"いざ封印を"という体だったミレーヌとアルムは、したり顔でそう告げた魔神少女の言葉に唖然とする。


『久々の現世うつしよでの暮らしも、正直飽きたしのぉ……


 この少女おなごゆえの華奢な身では、満足にしたい事も出来ぬしな』


 ……と、魔神少女は顎に手を置き、その『中身』であるサラキオスは愚痴を言い始めた。


『――それに、己らにもキツ~イ灸を据える事が出来た様だしな♪』


 魔神少女は嫌味タップリでそう言った時、これまで以上に鋭く、冷たい眼光をミレーヌとアルムに向けた。


『――解ったであろう?、クアンヌの民の存在が如何に重要であったかを?


 そして、貴様らがそのクアンヌの民に、これまで何を強いて、どの様な扱いをしていたのかをな』


 魔神少女がそう言うと、ミレーヌが、アルムが……そして、そのパーティ全員が顔をしかめた。


「――クアンヌの民って、依り代を代々排出していたっていう民族だろ?


 何だよ?、そのクワンヌ族に、ミレーヌちゃんたちがしてた事って」


『ふふふ……伝えても良かろう?


 いや、知らせねば成らぬはずじゃ……新たな依り代とした、この異界の者には特に、な……』


 何も知らない、公太の困惑した問いに答えたサラキオスは、これにもしたり顔でそう返し、この一連の事件の『影』の部分に至る話をし始める。



 ココからはしばらく、サラキオスのモノローグとさせて頂こう――



 ――ひょんな事から、魔力の収束体として生き続ける事となった我が、現世で行動するための身を得るには、その人の身には過ぎた力を預けられる程度の、"魔力の積"に余裕を持った者――依り代が必要だった。


 当初は、偶然見つけたそういう者に、依り代となってくれたら、望みを叶えるためにこの力を使っても良いという盟約を結んでいた。


 その方法で依り代を得ながら、ざっと1000年が過ぎた頃――代にして120人目の依り代は、実に野心に富んだヒュマドの民でな。


 その者はこの力を用いて、ヒュマドの長へと昇り詰めると……果てには、その野望の矛を他種族にまで向けた。


 猛威を振るうその者への対抗策として、魔の力に長けるエルフィが編み出したのが、6色の魔石を触媒とした封印魔法。


 これに因り、我はその者の身から強制的に離され、魔力を持たぬ少数種族――エルフィが"クアンヌと名付けた者たち"の身に、我は封じられた。


 こうして我は、エルフィが用意した集落に暮らす、このクアンヌと名付けられた種族の中から代々、封印を帯びた継承が行われ、この少女の身に封じられるまで、更に1000年、代にして更に359人のクアンヌと名付けられた種族の中で生き続けた。



 クアンヌと名付けられた民とは、大まかに50人の一人の割合で生まれる『魔力発現障害』という障害ハンデを抱えた者たちの事を指す。


 同時にクアンヌとは、エルフィの言葉で『無能』や『不要』、あるいは『クズ』、『ゴミ』を意味する。



 つまり、魔の力が無ければ不便であり、例え微々たるモノでもそれが扱えなければ、下等たるレッテルを張られてしまうこのクートフィリアにおいて――単純な労役しか行えない、クアンヌと名付けられた民の処遇は、言わば一種の社会問題でもあったのだが、コレでクアンヌには、いつの間にか魔の神――『魔神』と呼ばれる様になっていた我を、我のその過ぎた力と共に封じ、鎮めるという役割が与えられたのだった。


 だが、我が一千有余年の間、依り代となったクアンヌたちと暮らす中で見続けたモノとは、エルフィ――いや、種族を問わずに、彼らクワンヌ族へと向けられる、差別や蔑視、罵倒の言葉と、我を介したこの過ぎた力への畏怖に始まり、その力と同時に帯びた、下等と蔑んでいたはずの者たちを保護しなければならなくなった事への不満、そこから来る妬みや嫉みの念であった。



 我が力への畏怖が、過ぎて行く年月に因り薄れ始めると――クアンヌへの支援は滞り始め、その対象は依り代となった者のみとなり、他のクアンヌにはそれまでの不満が噴出する様に苦役を担わせ始めた。


 すると、クアンヌの中からも、依り代となった者への妬みや嫉みが現れ始め、依り代となる者は種族内で孤立――依り代とその身の中で生きる我は、当然の様に集落の奥で細々と暮らす事を余儀なくされた。


 依り代たちには、凍えぬ程度の衣と、飢えぬ程度の食と、眠れる程度の住こそは、確かに与えられて居たかもしれぬが、それは一人の人間として、幸せに思える暮らしだったかと言えば、決してそうではなかったと断言出来よう。


 故に、此度の様な事象――依り代が殺されてしまうという事が起こってしまったのは、ある意味では必然と言えよう。


 だから我は、この死したこの少女に身を用いて、この世界の者どもに灸を据えてやろうと思った――それが、死する時に、この世界への慙愧に満ちた表情かおで逝った、この身の少女への手向けにでもなればとな。






「……ははっ」


 ――と、サラキオスの語りが節目に迫った頃、公太は小さな笑い声を漏らした。


『……この語りを聞いて笑うとは、ますます面妖な者じゃな』


 魔神少女は表情を険しくして、公太の反応に少し嫌悪を示した。


「――わりぃ、世界がかわっても……人間ヒトってモンは、どっちでも似た様なモノなんだなぁと思ってね」


 公太は片手を挙げて詫びながら、彼女と似た嫌悪の表情を造る。


「人ってのは、何でも羨ましがる――それを得てる理由が、得ている以上の代償を抱えているからだとも知らずに」


『……ほう?』


 公太が歯軋りも交えて言った言葉に、魔神少女は関心した体で応じた。


『――人とは、救い様が無い程に"愚かな獣"じゃからな……事、自らの欲に対しては』


 魔神少女は、またもしたり顔で、公太の言葉に同意を表した。


『ふふふ……次の依り代が、うぬの様な面妖な者ならば、これからは退屈せんで良さそうじゃな♪


 そうじゃなぁ……封じられてやる理由に、我は依り代に優しい魔の神ゆえ、動けぬ身に苦労しておる、異界からの来訪者を救済するためじゃとでも加えようかのぉ?


エルフィが小娘も、ソレを"餌"に、うぬを連れて来たのであろうしな』


 魔神少女は戯れ言混じりにそう呟くと、儀式の進行を躊躇しているミレーヌへと顔を向けて……


『さあ、早うせい――優しい魔の神は、幾分か短気ゆえ、気が変わっても知らぬぞぉ~っ!』


 ――と、皮肉っぽい笑顔で彼女を急かす。


「……わかったわ」


 ミレーヌは自らを奮起させる様にそう言って、悔しそうに目を瞑り、印を結び直して魔力の錬成を始める。



 ファァァァァァッ……



 小鳥が囀る様な優しい音が辺りを包み、柔らかい魔力の波動が場を覆い出す……



 ――すると、魔神少女の周りに配された6色の魔石は淡く輝き、その輝きが徐々にその光を強めた。


『ほほぉ……やりよる様になったな、小娘。


 早さも発現量も、上々な錬成じゃ』


 師が弟子を誉める様な物言いで、またまたしたり顔で魔神少女は、ミレーヌが行う儀式の様子を眺める…


「結局――私たちは、あなたの手の平の上で踊らされていたのね」


 ――と、魔力錬成の印を終えるとその両手を前へ真っ直ぐに掲げ、目を見開いたミレーヌは、余裕綽々な態度の魔神少女に向けて、表情と同じく悔し気にそう呟いた。


「確かに、私たちはクアンヌの皆さんを、共にこの世界を営む仲間とは扱わず――むしろ、差別的な態度や侮蔑の言葉を浴びせ、あまつさえ、酷い仕打ちを繰り返し、その末路としてあなたを再び現世へと復活させてしまう事態を招いてしまった」


 ミレーヌが反省の弁を述べる様な言葉を紡ぐ最中も、彼女が錬成した魔力が脈々と魔石に注がれ、その輝きはドンドン増して行く。


「あなたは、改めてその事実を知った私たちが何を感じ、その結果……何を成そうとするのかも、全て見通していたのね?」


 ミレーヌが問いを投げる様にそう言うと、魔神少女は何も言わずに、相変わらずのしたり顔を見せた。


「私たちは――これまでの経緯を悔い、先祖たちの愚行を恥じた。


 その上で、魔力を捨てた人々が住むという異界に新たな依り代を求め、その処遇についても熟考を重ねたわ……だから、同じ醜態を晒す事は無いと約束する。


 あなたが、再びこの現世に失望する事が無い様にっ!」


 ミレーヌは気合を込めた体で、決意の旨を告げると、掲げていた両手を振るい……



「依り代の身へと宿りっ!、魔の神よっ!、鎮まりたまぁぇぇぇぇぇっ!!!!!」



 ――と、叫びながら弧を描いたっ!



 ――ブォォォォォッ!



 6色の魔石が放つ6色の波動が、マーブル状に拡がって魔神少女の身を包み出す。



「おぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 ――すると、アルムがいつの間にか懐から取り出していた、白銀の刃が眩しい封印の短剣を下段に構え、刃を前へと突き出して一直線に駆け出し、魔神少女の左胸に突き刺したっ!



 確実に、刃は心臓の位置を捉えているはずだが、魔神少女の身からは一滴の血も流れる事は無く――その替わりなのか、その身からは黒い魔力の波動が、煮え上がった熱湯の湯気が如く、沸々とその身から沸き溢れている。



「⁉」


 公太は自分の身体の何らかの異変を感じ取った。



 それを感じた場所――先程、腹部へと装着した黒い魔石が付いたベルトの方に目線を向けると、魔神少女の身から沸き溢れた黒い魔石の波動が、黒い魔石へと糸を引く様にユラユラと近づいて来る。


 その波動の先が魔石へと到達した、その時……



 ――ビクッ!



 ――と、公太は更に鮮明な異変にも気付いた。



 何やら上手く言葉では表現しに得ない不快感、違和感が身体中を駆け巡り、そして……



『ふふふ……♪、さて――では、これからはよろしく頼もう、面妖な異界の者よ♪』



 ――と、楽し気なサラキオスの声が、公太の脳裏を過った。


「…⁈」


 その声に呼応する様に、公太が魔神少女の様子へと目を向けると――相変わらず、その身から黒い波動を溢しながら、彼女は何時ものしたり顔を見せていた。



「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」



 ミレーヌが掲げていた両手で更に弧を描くと、公太のベルトへと流れて行く黒い魔力の奔流が勢いを増し…


「――くぅっ⁉、くぉぉぉぉぉっ……」


 公太は、ひしひしと身体の異変を感じ、苦悶の表情を見せ始めた。


「コータさん――もう少し、もう少しですから……」


 自分の行いが、その元凶の一つである事を自覚しているミレーヌも、同様の表情を浮かべ、辛そうに公太の様子を窺う。



『そうじゃそうじゃ、もう少しじゃぞぉ~――時機に楽になるゆえ、安心せい』



 ――と、公太の脳裏にも、そんなサラキオスの言葉が響き、彼は魔神に励まされているという、希有な状況が妙に可笑しくなり、狂気染みた半笑いを覗かせた。



 ブオァ……、――ヒュンッ!



 合図の如きそんな音に連なり、魔神少女の身から溢れ出る黒い魔力の奔流が止まると、魔神少女は何かの糸が切れた様に脱力し、その場に倒れ伏した。



「――終わった、の……か?」


 彼女の身に、一番近い場所に居るアルムは、全身を震わせた体でそう呟くと、おもむろに倒れ伏した彼女の身に近づき、それの身を仰向けへと転じさせた。


 魔神――いや、もはや"只の少女"の様子は、もちろん息一つもしていない、明らかに屍だと解る。


「……やっと、依り代の宿命から解放されたという事なのかしら?


 この、ホッとした様な安堵の表情は……」


 ――と、少女の身を抱きとめているアルムに歩み寄りながら、ミレーヌは切なそうにそう呟いた。


「ミレーヌ、僕たちは……」


「――ええ、終わった……私たちの、"戒めと贖罪の旅"は」


 複雑な表情で何事かを尋ねようとしているアルムに、ミレーヌは懺悔の念と微笑が交わった表情を浮かべてそう応じた。


「依り代――異界の御仁の様子は?」


「儀式の影響で、今は気を失われているけれど……大丈夫なはずよ。


 漏れ聞こえて来る呼吸の音に異常は感じないし、見た限りでは外傷も無い――変わった事、と言えば……」


 公太の事を気遣うアルムの問いに、ミレーヌは踵を返しながらそう答え、振り向いた先で大木の幹に身を委ねて座っている、公太の身体を見渡し……


「……ちゃんと胸に、依り代の刻印が浮き出ているから、魔神の封印は成功のはずよ」


 ――と、公太の胸に浮き出ている、羽を広げた何かの様な、入れ墨の如き黒い文様を指差した。


「……その、様、だね――っと」


 アルムは納得して、少女の亡骸をそっと側に寝かせると、長剣を拾い上げてそれを杖の様にしてゆっくりと立ち上がり……


「――終わったんだ、やっと……」


 ――と、繰り返す様にそう呟き、感極まった体で眼から一筋の涙を流すのだった。

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