精霊の気まぐれ

企み

 ――翌日、一行は今後の行動指針として、二手に分かれる事と相成った。


 一方は、魔神封じ成るという吉報を、いち早くこのクートフィリアに行き渡らせるため、メッセンジャーとして先行する者――これには、飛行魔法を扱えるローランが選ばれ、彼は夜明けと共に飛び立って行った。



 残りの面々は、ランデルが御す馬車に揺られながら、ヒュマドの国――"ワールアークの都"が目的地と決まった。


 ヒュマドの都という事は、即ちヒュマド族の王子、アルムが住まう場所であり、要するには凱旋のための行脚で……行程の予定としては、到着まで、悠に一ヶ月は要する長旅である。



 では、同等以上の貢献をしているはずのエルフィ――ミレーヌの凱旋は、その道中に成されるのかと言えば、そうではない。



 エルフィ族は今……自国を持たない民族に成り果てている。



 その理由とはもちろん、サラキオスに因る殺戮や蹂躙。


 その末、エルフィ族は人口の3分の1を失い、今は散り散りに各国の各地に身を寄せている状態で……その中でも王族たちは、ワールアークにあるヒュマド王家の居城、ベルスタン城の一角に臨時政府の居を置いているのだった。


 この一行がヒュマドとエルフィの連合軍と言った体で活動していたのも、その由縁からであり……エルフィ族を元の居るべき場所へと戻し、元の営みを育む事が出来る様にする事が、この4種族4か国による一大プロジェクトのゴールなのだ。



 ――というワケで、この魔神封じを終えた凱旋の行脚には、各地に散らばったエルフィ族に、サラキオスの脅威が去った事を知らしめるという意図もあるのである。



 さて、その行脚に同行する事となった公太――いや、これからはこの世界の発音に合わせるために……


『コータ』


 ――と、呼称させて貰うが、彼は、この期間を、この世界に馴染むための研修期間の様にしようと考えていた。


 コータはそのために、昼間は説明好きらしいランデルの隣に指定席の様に座して、この世界で生活していく上での常識や風習、果てには先程の様な各種族の人口比率や、その現在の政治体制の詳細に至るまで、様々な事柄を聞きかじっていた。



「……へぇ、他の種族――"ホビル族"と"ドワネ族"が、俺が羽織って来たローブや、封印のアイテムを造ってたワケかぁ」


「はい、ホビルやドワネには、手工業に長けた方が多いですし、精霊蚕の繭の扱いや、6元素の魔力を収束させた魔石を加工する技術は、彼らのみに伝わる門外不出の秘伝ですから。


 それに、どちらの種族も、総じて小柄な上に、魔力の扱いにも乏しい故、戦闘あらごとには、あまり向きませんから」



 ――と、今はこうして、各種族の特徴などについて、レクチャーされているのだった。


「解り易く現世風に……ううん、現世に知られたファンタジー世界風に言うとね。


 ヒュマドは人間ヒューマノイド、エルフィはエルフ、ホビルはホビット、ドワネはドワーフ――と言ったトコロだよ」


 幌から顔を出して、こうして稀に補足を加えるのはチュンファ――彼女は、コータとランデルの間に人差し指を立て、得意気にコータの顔を見やる。


「ミレーヌちゃんに、音だけで聞いた時から思ってたけど……有りがちな設定のまんま、だよな」


 コータはチュンファの補足に苦笑で返し、呆れた表情を見せる。


「ふふ♪、それ、一緒に転移させられた大人たちも言ってたよ。


 まあ、その大人たちの推測だと、ああいうのって元になってるのはヨーロッパの民話や神話だから、コッチの人たちが現世に居た名残りなんじゃないか?――ってね」


 チュンファは、更にの如くそう告げて、幌から笑顔を出したまま二人の後ろに座る。


「……ちなみに申しますと、最初に我らが立ち寄るのは、ホビル族の里にございます」


「次には、アタシたちが乗って来た、旅客機の残骸があるドワネの国――その時に、その大人たちにも会わせてあげるからね」


 ――と、ランデルとチュンファはこれからの道程にも触れた。




 そして、一行が道中に野営を張り、その場で皆が寝静まった頃――コータは、例の精神世界へとダイブし、サラキオスに更なるこの世界の歴史や成り立ちを聞き、魔神の力を扱う上での手解きを受けていた。




(――まっ、格闘娘やその異界人が言う事は、あながち間違いではなかろう)


 サラキオスは頷いている姿が見える様な言い草で、昼間の会話の真偽について語っていた。



 ちなみに――『格闘娘』とはチュンファの事で、その由来は彼女が、言わずもがな魔法も、そして武器すらも扱わずに、徒手空拳のみを用いて自分に挑んでいたからだ。


 彼女は、一種の護身術として、一緒に転移した者の中に居たという、カンフーの達人からそれを習っていて……今やそれを一種のスキルとして、半ば傭兵の類を気取って、この魔神封じの一行に加わったそうだ。



 サラキオスにおける一行の皆に対する呼び名が、ミレーヌが『エルフィの小娘』、アルムが『ヒュマドの小童』である事は、これまでの言い草にも見られていたが、他に、ランデルには『禿げ丁稚』、ジャンセンには『愚鈍近衛』、ローランには『小癪神官』と、侮蔑丸出しのあだ名を着けている。



 さて、そろそろ話は、コータとサラキオスによる精神世界での会話へと戻り……


(……そっか、魔神様のお墨付きって事は、コッチの人たちが元々、現世に居たってハナシは本当なんだな)


 ――と、二人はコータが実は疑っていた、現世とクートフィリアとの関係性に、会話は及ぶ。


(如何にも――このクートフィリアの者たちは、伝承のとおり、お前が居た現世いかいを祖としておる…


 まあ、正しくは、ヒュマドを中心に増えたクアンヌの民――魔力発現障害を抱えた者たちを、かの地に置き去りとし、魔を操れる者だけを選別して、このクートフィリアへと移住させたに過ぎん事だがな」


 サラキオスは苦々しい口調で、コータの言葉に相槌を打った。


(……なんか、含みある言い方だね?)


 コータはサラキオスの口調に違和感を催し、彼に真意を測る尋ねをする。


(要は……今も昔も、異界でも現世でも、人だろうと、"神だろうと"――やろうとする事や発想は、とどのつまり同じじゃという事よ)


(……へぇ、何だか、それだけで充分解るわ、アンタの言い分はさ)


 サラキオスの更なる含みある言葉に、コータは達観する体でそれを濁した。



(――それにしても、チュンファちゃんが武闘家……もとい『ぶとうか』とはね。


 ミレーヌちゃんは、スキル的には明らかに『まほうつかい』だし、ランデルさんは元々の生業が『しょうにん』


 ジャンセンさんは近衛兵――まあ『せんし』で、ローランさんは神官だから要は『そうりょ』だろ?、アルム王子は……イケメンの部類な上に、剣も魔法もある程度扱えるから、さながら『ゆうしゃ』ってか?


そんでもって、”馬車に乗って旅”してるって……どっかで聞いた――いや、何時かやってた、某老舗大作RPGの中に居るみたいな気分だぜ」


 ――と、コータは苦笑を込めて、共に旅をする皆の事をそう評する。


(これこれ……"Ⅲ"と"Ⅳ"が混じっておるぞ。


 馬車で旅する”Ⅳ”とは、職業の括りが違うし、まほうつかいは若い娘ではなく、ジジイのはずじゃ)


(……人の頭ん中で、一体ナニを覚えてんだよ、この魔神様は)


 サラキオスが打ったツッコミに、コータは呆れ気味にそう応じた。


(……そう評する、お前の職業とはなんじゃ?、もちろん――『あーるぴーじー』的なヤツでじゃぞ?)


 サラキオスはからかう様に、コータに職業を尋ねる。


(俺?、俺は……『あそびにん』じゃねぇの?


 何せ、働けねぇのを良い事に、グダグダとアニメ観たりして、実に怠惰な生活をしてたワケだしね)


 コータが、そうやって卑屈に述べると、サラキオスは含み笑いが覗ける声音で……


(ほほぉ……悟りを教わらなくとも『けんじゃ』と成れる、『あそびにん』を選ぶとは大きく出たな)


 ――と、例のしたり顔を思わせる言い草で言った。


(えっ⁈、そっ、そんな意味で言ったんじゃ……)


 コータは、サラキオスの曲解を聞いて、恥ずかしそうに慌ててそれを否定する。


(ふふん、アレは、実に言い得て妙な設定じゃよ。


 遊ぶ度量を持てぬ者に『賢き者』を、名乗る資格は無い――と、思う故な♪)


 サラキオスは楽し気にそう言って、賛辞に近い言葉をコータに送った。

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