<2> 父ちゃんには済まなかったな、俺は息子だ
深い眠りについたって言ったけど、実はそうでもないんだよな。
声の主達の、今度はどちらか一人だったり、二人一緒だったり、
とにかく時々声がするんだよ。
その声は遠くから「おいでーおいでー」って言ってた時とは違っててさ
すぐ目の前の俺の頭の上の方から、今度ははっきり『声』が聞こえるんだ。
それで時々目を覚ましちゃうんだよね。
もといた所へ戻っちゃう時の「目覚め」とは違うぜ。
あれはなんか恐ろしい奈落の底の暗闇にドドドーって突き落とされる嫌~な感触でさ
深い悲しみと、時には憎しみみたいな感情がピリピリ伝わってきて、ものすごく怖いんだぞ。
実は経験あるんだけど、二度と味わいたく無いよ。
それとは全然違う感じで目が覚めるんだ。
俺はこのとき自力で目は開けられないし、手足を動かす事もほとんど出来ないんだけど、
ただ暖かくって満たされてる最高の気分でさ、
フワフワしてるようなギュッっと抱っこされてるような、気持ちいい感触に包まれてる。
そんな時にいきなり
「洋(ひろし)!」とか呼ばれてピクッと驚いたり、
「あ、今動いたよ」とか叫ぶ声がしたりさぁ、
結構騒がしいんだぜ、こっちは眠くてダルイってのに……。
だいたいまだ俺が男だって知らないくせにさ、
勝手に母ちゃんは「洋」とか呼ぶし。
そう思ったら父ちゃんの声で「洋子(ようこ)!」って呼ばれて
なんだよ、男でも女でもどっちでも同じ名前かよって思ったさ。
でも、「洋」っていう字は「海」ってことで?
海のように広い心と見識を豊かに持って
海のように深く考え、海のように深い愛情を持って
……それだけでも相当プレッシャーなのにさぁ。
嵐で海面が荒れている時でも海底はいつも穏やかであるように
冷静で落ち着いた優しい子になって欲しいんだとさ。
いや、そういう願いを込めて、俺のこと愛情たっぷりに考えてくれるのはやっぱりすごく嬉しいよ。
嬉しいけどさ~期待し過ぎだろー?
フィーリングばっちり合いそうだって、俺がそう思ったってことはさ
結局俺にしたって、父ちゃん母ちゃんと似たり寄ったりかもしれないぜ?
だけど、まぁー
そんな事を考えて俺を大事に思ってくれている父ちゃんと母ちゃんの気もちがビンビン伝わって来るから
俺もさ……首尾よく生まれた暁には、父ちゃん母ちゃんの期待に添えるように
海より深い愛情に満ちた優しい息子になってやるぜ!
……な~んて思ったりもするわけだ!
うはは、ちょっと照れるぜ……。
父ちゃんには済まなかったな、俺は息子だ。
俺は「洋」になるらしい。
洋子でなくて申し訳ない。
次は妹に期待だな。
まーとにかくだ、
そうやって俺がピクッとでも動くと父ちゃんも母ちゃんも大喜びするわけで
それが俺も嬉しいからさ
動かない体を思いっきりのばしたり、足をポコポコ動かしたり
生まれる前から親孝行の大サービスしてるわけよ……結構疲れるんだぜ。
でもさすがにここの気持ちのよさは異常だ。
ちょっとでも声が聞こえなくなったりすると途端に眠っちまう。
だから全ての事は夢か現実かよくわからない事も多い。
胎児のころなんてまぁみんなそんなもんでしょ。
そしていよいよ俺が生まれる時がやってきた。
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