第27話
夜道をのんびり歩いていると、前からやってきたのは伴君だ。それ自体は物珍しいことではない。散歩中、遠目に見つけることはよくあった。
しかし、今はピリピリしている時期だ。不用意にハンターに近付こうとは思わなかった。伴君が私に対して、意図してそうした態度を取るとは思っていない。だが、吸血鬼の存在にピリつかずにいられないだろう。
それに、労力を使わせたくはない。伴君に絡んで面白味を得ることを活力にしてはいるけれど、読むべき時勢は読むつもりだ。なので、こうして遭遇したとしても、私からアクションを取るつもりはなかった。
しかし、伴君は確実にこちらへめがけてきている。注意報が出てからはなかったことだ。意外な気持ちを抱きながらも、横道に逸れるようなことはない。
接触を願いやしないが、あちらが求めてくるものを遠ざけるつもりもなかった。これもまた、流れに身を任せているひとつであるのかもしれない。
「ラツェナド」
「やぁ。いい夜だね」
「月はな。ただ、そういい夜とは言えない」
「例の吸血鬼かい?」
こうも続いているのだ。進展がないのは目に見えていた。
伴君は苦い顔をする。そうして顎を引いたが、それから少し目を伏せて腕を組んだ。一筋縄ではないだろう。それにしても不穏な態度だ。
伴君は視線を上げると、私をじっと見つめてきた。どういう意志があるのか。あちらも探るようだったが、こっちだって意味を探して不審な目つきになった。これは一体何の応酬なのか。
「噂ばかりでちゃんとした目撃談が出てないんだよ。くだんの吸血鬼、なんてものが見当たらなくて、何を追っているのか判然としない」
「そんな雲を掴むような話だったの?」
注意報は現実的な話だ。伴君たちの出動だって、いつもよりも入念になっている。そこまで不明なものを追い詰めるには、万全の体制が整っていた。実体のないものに、これほどの体制を敷く許可が出るものではないだろう。
「被害者はいるんだ」
「吸血鬼に襲われた確証はあるんだろう?」
でなければ、私はこのような理不尽な目に遭っていない。
即答されるものとして、義務的に尋ねたつもりだったが、伴君は渋い顔をした。組んでいた腕を支えにするように、顎に触れる。いかにも考える人になった伴君の態度に、私も眉を顰めた。
確証がないのにこの事態ともなれば、黙ってはいられない。
「どういうこと?」
「確かに、吸血鬼だろうと思う残虐性だけど、正直怪しい部分はある」
「伴君は違うかもしれないと思っているってこと?」
「確証はないって話だよ。ただ、どっちにしろパトロールするしかないから、この体制に文句はない」
「残虐性って?」
「まぁ、見るも無惨ってことだな。サイコパスみたいな特殊な性癖なんかは見られない。ただ、あまりにも出血量が多い。首辺りを狙った殺傷であるから、吸血鬼を疑っているという時点だ。……正直、否定する要素もないものだから、強く否定もできない」
「それは仕方がないだろう。人間にしても吸血鬼にしても、凶悪犯がうろついているのなら警戒するに越したことはないしね」
私だけが煽りを受けているのであれば、見切り発車の注意報に反駁も覚える。しかし、凶悪犯は実在しているのだ。警戒することに文句をつけられるはずもない。
当然だろうと頷いた私に、伴君はどこか気まずい顔になる。
「……悪いな」
まったくもって、お人好しにもほどがあった。恐らく、吸血鬼を警戒することになったことに悪いと思っているのだろう。そこまで友好的でなくてもいいだろうに。
シェラには捕縛の判断ができていたし、それ以外も緩くはないはずだ。そんな立派なハンターである伴君が、ただの疑惑に謝罪を寄越すようなものではない。
「謝られることはひとつもないでしょ。伴君のせいじゃないし、私たちだってそんな野蛮な吸血鬼が捕縛されることは平穏になるんだから、助かるだけだよ」
「でも、バイト休まされてるだろ」
「君、思ったよりちゃんと私のことチェックしてるな」
観察対象であるから、ある程度は気にしてもいなかった。ただ、それにしたって限度はある。立場的に想像しやすいこともあるのだろうが、それにしたって詳しい。わずかに引いた私に、伴君は眉間の皺を深くした。
「辞めさせられているわけじゃないんだよな?」
どうやら、私が立場を追われていると勘違いをしたらしい。私が引いているのは、そこじゃないのだけれど。
「大丈夫だよ。今のところはね」
「今のところ?」
「このまま事件が長引けば迷惑をかけるだろうしね。そうなったら、やめることも考えるよ」
「生活できるのか?」
伴君の表情はどんどん険しくなっていく。この子は他人に感情移入してしまうらしい。長所ではあるけれど、これほど抱え込んでしまって大丈夫だろうかと、要らぬ心配をしてしまうことはある。
「まぁ、いざとなればどうにでもなるよ。君の部屋に転がり込むってのもひとつかもしれないね」
「……まぁ、無理じゃねぇけど」
「……そこで即答できるのが、伴君が伴君たるゆえんだよねぇ」
「はぁ?」
「そんなんだから栗飯原さんにベタ惚れされるんだよ」
「何の因果があるんだよ。人助けは人助けだろう」
「私は吸血鬼だよ。君が狩るものだ」
「捕縛しかしてない。平和を求めてるんじゃなかったか?」
「長閑であればそれに越したことはないから、私が君の部屋へ行くことは無理じゃないってことはないけど、他の要因でなかなか大変なことなんだよね」
自分から言い出しておいてなんだが、その道は最善とは言えない。
私の主張がどこに引っかかったものなのか。それは伴君にもすぐに通じたらしい。頭を抱えて、きょろきょろと周囲を窺った。その警戒心を剥き出しにする態度に首を傾げる。
「何? どうしたの?」
「今は協会もかなりパトロールに出てる。栗飯原もその辺にいるかもしれないってことを思い出した。できる限り区画が被らないようにしてるけどな」
相変わらず、徹底しているらしい。
公私の区別はついているように思えていたが、できる範疇では関わらない道を選択しているようだ。向こうが公私を割ってくるのだから、伴君もそうならざるを得ないのだろう。伴君の行動は栗飯原さんに対応するものであるから、伴君に苦言を呈したところでどうしようもない。
「見られたら大変だな」
「今はそうも言ってられないんだけどな」
「そういえば、何か用があったんじゃないのかい?」
近付いてきたには理由があったのではないか。諸々を考えると、今何も考えずに吸血鬼に接触してくるリスクは高い。
首を傾げると、伴君は我に返ったように背筋を正した。それから、またしても周囲を確認する。今度は栗飯原さんを警戒するよりも、より確実に周囲の目を気にしたものだった。
言い渋るような重大な用件だと、その身が示す。あけすけさに不安は残るが、無駄な探りに体力を使わずに済むのは助かった。
「ラツェナドにお願いがあるんだ」
こちらへ向いた伴君の口調はお伺いを立てるようで、上目に見上げてくる。意図しているわけではないだろうが、縋るような形になっていた。人間に庇護欲を抱くタイプであれば、ころっと落ちそうなものだ。
「吸血鬼の気配を読めるよな」
態度こそ、ルックスに頼ったようなものだ。しかし、そこから飛び出してくる内容は、ちっとも甘くはない。私もすっと背を正した。
「……協力して欲しいってこと?」
「早い話がそう」
「それ、リスクを考えたうえで言っているんだよね?」
「マズそうか?」
分かっていないわけではないのだろう。であれば、伴君はけろっとした顔で言葉にしたはずだ。素直に口を開くことにかけて、伴君の右に出るものはそういない。
だから、色々なリスクを理解しているはずだ。そのうえで、私に持ちかけてきているのだろう。だが、だからって、こればかりは流れに身を任せているわけにもいかない。
「君だって想像できているだろう? 私のリスクよりも伴君のリスクのほうがずっと高いと思うけれど、それでもいいのかい?」
私にはハンターへの協力実績がつくだけだ。
もちろん、同族狩りと仲間に悪印象を抱かれることはあるかもしれないが、今の私にその評価は身につまされるものでもない。シェラが怒るだろうが、それ以外に窮地に立たされるようなことはなかった。孤高の吸血鬼として自立しきっている。
だが、ハンターとして生計を立てている伴君はそういうわけにはいかない。自分の事務所を持って自立しているかもしれないが、協会との結びつきを除外することは不可能だ。それができていれば、栗飯原さんとも切れていることだろう。
世間の評判は大切だ。吸血鬼に助手を任せるというのは、悪意を持って見ることができるだろう。そして、人というのはゲスな思想でも何でも、信じるものを信じるものだ。悪評のほうが耳に届きやすくもある。悪評がはびこれば、生活に直結するのだ。事務所が立ち行かなくなる。
私よりも伴君のほうが現状リスクが高い。
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