第26話
「だったら、何かしてくれてもいいんだよ?」
にやりとしたり顔で笑う私に、伴君は失笑を零す。大仰に振る舞う私が、本気でどうこうするように言い募っているわけではないことは理解できたようだ。
そうして、伴君の笑みがニヒルなものに変わっていく。そうした態度を取ると、このハンターはかつての友に本当に似ていた。
思えば、彼はいつだって不遜であったように思う。小生意気な人間であった。
「俺にできることなら」
「君は本当に男前がゆえに迂闊だな」
一も二もなく、自身の領分内で責任を取れると断言する。そういうとこは格好がついているが、この場合は褒められたものではない。
いや、この場合でもなくて、こうも相手に腹を見せるのは危険であるかもしれないが。それにしたって、吸血鬼に言うには迂闊極まりない。そして、何より迂闊であることに気がついていない男前っぷりが、余計に迂闊だ。
この辺りの折り合いというのは、上手くつかないものなのだろうか。
「吸血を求めたらどうするつもりだ?」
「……異能を使うっていうなら、その場で捕縛する。ただの吸血なら同意書でも書けば対外的にも問題ないし」
「意外と抜け目ないな」
ハンターとしての対応が身についている。迂闊を帳消しにはしないが、最後の一歩を踏み外すことはないようだ。
「だから、お前がもし吸血を本気で望むなら、どうぞ」
片眉を上げて告げる伴君は、半分ほどは私が本気でないことを察している。だからこそ、こうした余裕を見せていられるのかもしれない。私は伴君の映し鏡のように笑みを作る。
「それじゃあ、私がいざとなったら、君を頼ることにするよ」
「いざとなるような事態が起きないことを祈るよ」
「やっぱり、問題がないってことはないんじゃないか」
「お前がいざとなる、なんてよっぽどだろうが。シェラの言う本気を出さなきゃいけない現場なんて、居合わせるに大変なことは想像できる」
「君は思ったよりも想像力がきちんと働いているよね」
「だから、俺のことを何だと思ってんだよ」
「ハンターだと思ってるけどね」
「だったら、吸血鬼の修羅場の想像が逞しいのは当然だろ」
そんな不測の事態に慣れているというのは、渋くもなるものらしい。それは不穏なもので、こちらも苦々しくなるより他になかった。
吸血鬼の怖さや小賢しさ、狡猾さ。そうしたさまざまなものを最も知っているのはハンターであるだろう。限度も知っているはずだ。
「確かに、現代の人間社会でそこまでひどい事件は起こらないだろうね」
「かつてはかなり敵対関係にあったんだろ? 今とは比べものにならないものだと聞いている」
「あのときは私も全力で応戦していたからね。吸血も厭わない日々だったよ」
「今は吸血パックだったか?」
「それだけで事足りるからね」
「だったら、交換条件は成立しないんじゃないか」
「そもそも、私は吸血を求めると言ったつもりはないよ」
「なら、求めるものは?」
妙な問答だ。仮に取り引きめいたものがあるにしても、男同士で求めるものを話し合う。なかなかないことは、特殊に認識され、散々栗飯原さんに弄られてきた関係の近さを感じさせられた。
嘘でも本当でもない。どうしたって、不思議という乱雑なまとまりがしっくりくる。
「考えておくよ」
「じゃ、そのうちに」
伴君の謝罪が半端であったとは思っていない。だが、変に拘泥する気はなかった。この湿度が私にはちょうどいい。
吸血以外のお詫びを緩く頭の片隅で考えながら、日々を過ごす。よもや、この戯れ言が現実味を帯びてくるとは思いもしていなかった。
吸血鬼の目撃談が出回り始めたのは、それから三日も経たぬうちだ。残虐性のある吸血鬼のようで、警戒注意報が出ている。
コンビニへの勤務にも影響が及ぶほどに、町はピリピリしていた。それは、コンビニが危険地区にあるのもあるだろう。
そして、私にも切実な問題が浮上していた。人間を襲う吸血鬼が出る地区で、吸血鬼の従業員が働いているのは問題がある。つまり、私は謹慎を食らっていた。
差別だろう。
しかし、理解できない心情ではなかった。襲っているものと同種の存在が、平然と町を闊歩していていい気持ちはしない。すれ違うだけならまだしも、店員として顔を合わせるなんてハードルは高くなる。それを避けようとするのは当然だし、利用者の安全のために対策するのも当然だ。私はこの謹慎を潔く受け入れていた。
吸血鬼は森の中に住む。野営のような生活を送るものも多い。吸血鬼にとっての最低限度の生活に必要な物資は、思いの外少ないのだ。
現状、私が維持し続けなければならないのは、家賃くらいのものだった。なので、即時に生活に困窮することはない。
吸血パックも購入しなければならないが、吸血鬼の食事というのは毎日必ず摂取しなければならないものではなかった。なので本当に困窮することはなく、私は優雅な休日を過ごしていた。
夜を堪能して散歩している。私が一人で歩いていれば、一般人に吸血鬼だと認識されることは少ない。コンタクトを使用して赤目を隠していることもあって、吸血鬼の特徴は消している。人間社会に溶け込むというのはそういうことだ。
もちろん、くだんの吸血鬼に遭遇する可能性もある。だが、それほどに暴虐を尽くしていれば、気配を悟ることは難しくない。
私は吸血鬼と思しきすべての気配を回避しながら、散歩に赴いている。そのうえ、私は現代社会に馴染みきっていた。サブスクで映画もアニメも見るし、ネットの海を彷徨うこともある。時間を潰す趣味は豊富にあった。
長命種として、暇潰しの趣味に困ることはない。まだネットがない時代では、ありとあらゆる本を取り寄せて読書をしたものだ。今もって、なくなる趣味ではないから、私は困ったことのない生活を送っていた。
伴君も協会も警戒注意報に即して行動しているので、放置を決め込まれている。伴君との交流が立ち消えてしまったのは、物足りなさがあった。しかし、協会との関わりが薄れてくれたのはありがたい。
これは吸血鬼としてではなく、栗飯原さんの恋敵にしたてあげられたものとして、だ。彼女がいないことによる心の安寧は計り知れない。
私がこうして一人を謳歌している間にも、伴君は栗飯原さんのアピールを受けているのか。今まで受け続けてきたのか。解放されてしみじみと感じることはある。
悠々自適な時間は淡々と過ぎていった。面白味はないけれど、そこは人生の波だ。伴君に出会ってからの生活のほうが、今までからすればイレギュラーだった。なだらかな日常に戻っただけだ。時にはそんな期間があってもいい。
友との思い出に浸っている時間も長かった。それを無駄だとも浪費だったとも思っていない。私には必要な時間で、そのときから私は時の流れに身を任せることを覚えた。
あのときに比べれば、今回はずっと気楽な休暇だ。心理的な動揺もないのだから、その点でも落ち着いている。私はもうしばらくこうした日々を送るのだろうと、すっかり腑抜けていた。
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