第23話
吸血鬼が必要以上に吸血をする場合の可能性は二つ。ひとつめは、吸血行為そのものが快楽に繋がっている場合だ。この場合は人間に同意を得るなどという穏便な手法が取られることはない。つまり、緊急捕縛対象だ。
このような話し合いを持たれることもなく、施設送りになる。ハンター協会の施設は本部にあり、そちらへ護送されれば、今後出所することは難しい。
一生涯、というには吸血鬼の一生は長過ぎて、絶対ではないけれど。けれど、望みは薄いほどには重大な処分になる。
ふたつめは、何らかの異能を使用しようとエネルギーを補給する場合だ。その使用というのは、人間にとっては都合が悪いものだろう。こちらもまた、捕縛の対象になりかねない。
どちらにせよ、決して油断できる状況ではないのだ。不信感を抱き続けるほうが、ハンターとして正しい。
伴君のほうが、楽観主義で危険思想だ。栗飯原さんの倫理観が育っているのは、協会の会員となっていることが原因だろうか。独り立ちしているハンターのほうが、警戒心が高いのが通例だろうに。
協会として一体感を持って危機感を抱くほうが、警戒を保持し続けられるのだろうか。この辺りは、平均化されているのか。それとも、伴君や栗飯原さん個人の資質によるものか。
どれほど伴君と不思議な関係を結んでいるといっても、実際に仲良くなっているわけではない。心境を読めるほどではなかった。
「楽観的になってもらっては困りますわ、伴様。もっと一緒に色々と考えてくれませんと」
甘ったるい声は、伴君を引き止めるためのものだ。その変化はつぶさで、伴君はすぐさま渋面になった。仕事中とそれ以外が、しっかりと線引きがされている。辛辣なものではあるが。
「そういう相談は協会の中で行うものだろ? 俺は今日は取り調べでラツェナドの付き添いとしてここに来ただけだからな」
「付き添い、ですの?」
きゅーっと細められた目の鋭さは、確実にこちらを責めている。文句があるのが明々白々としていた。
いや、そんな仕草がなかったとしても、私を贔屓したような時点で敵対視されることは分かりきっているだろうに。伴君は徹底しているように見えて詰めが甘いのか。
「観察対象だからな。協会に来るなら同行して当然だろ? まさか他のハンターに身柄を確保されちゃ俺の評判に関わる」
「どんなことがあっても、伴様の評判が下がるなんてことありませんわ」
「ラツェナドに何かをやられたら影響は及ぶに決まってるだろ」
「ならば、さっさと捕縛してしまえばいいのですわ。伴様の手柄になりますもの」
「ラツェナドは何もしていない」
断言した伴君に、栗飯原さんは厳しい顔でこちらを見た。私は微苦笑を湛えておくことしかできない。気まずい睨み合いが発生する。攻撃性に晒されているだけに過ぎないが。
「何もしていないのでしたら、どうして観察対象にされたのです?」
まったくもって正論だ。伴君の目にぐっと力が入る。
「私が過ごしやすさを融通してもらったんだよ」
伴君が優しさを発揮しただなんて、言わないほうがいいだろう。それは、ハンターの態度としての問題もあった。
それとは別に、伴君に贔屓にされているのだと印象づけたくはない。ただでさえ、ヘイトを集めている。これ以上の敵対視はいらなかった。
「観察対象にしてもらえれば、私が下手なことをしでかさない限りは安定した生活を送れるからね」
「何もしないのでしたら、そのような枷を自ら抱え込むことはないのではありませんの? 観察対象になる煩わしさとてありますわよ。すべてが安全になるわけではないのですよ」
「この町はハンターが多いからね。変に目をつけられる可能性を考えたら、煩わしさよりも安全のほうが上回るってものだよ。伴君は頼りになりそうだしね」
「伴様がついていて、頼りにならないなんて考えているのでしたら、不遜ですわよ」
これはどう言えば円満に収まるのか。言い方を間違えると、目の敵一直線だ。手遅れであるのかもしれないけれど。
私は助けを求めるように伴君へ視線を投げた。しかし、伴君はしらっとした顔でいる。私を助ける気持ちがないのか。何のための観察対象なのか。
……これは対象外か。
「……だからこそ、伴君にお願いしたんだよ」
「見る目があるのですね」
「それはどうもありがとう」
助けにならないハンターを横目に睨みながら、無難な返答を選ぶ。
なんてことのない会話をしているにもかかわらず、どこで地雷を踏むか分からない。下手な吸血鬼を相手にしているよりも緊張感があった。
「だからって、伴様のお時間を無駄に消費させるようなご迷惑をおかけしてはなりませんよ」
栗飯原さんでなければ、ただの忠告として受け止められただろう。ハンターの手を煩わせるな、というのは、ハンターの意見として何も間違ってはいない。
しかし、この場合の忠告はハンターという総合的なものではなく、伴君個人の話をしている。栗飯原さんの感情だけの台詞だった。
「以降、気をつけるよ」
「分かればよろしいんですの。わたくしと伴様の時間を邪魔されては大変ですものね」
余暇のすべてを栗飯原さんが所有しているような言いざまだ。
それが本気だとは思いやしないが、それにしても堂々としている。これには伴君も、苦くならざるを得ないようだ。
「俺と栗飯原の時間なんて仕事中だろ。ラツェナドだってそれくらい弁えてるよ」
私が仕事中に現れないとは思ってはいないだろう。何しろ、今回のシェラの件だって、私はパトロール中の伴君の元へ現れているのだから。
だというのに、それくらいの方便とも言える言い方はできるらしい。他のことは下手くそなのに、どうして栗飯原さん相手になると変に器用なのだろうか。面白い性質だ。面白がっているだけでは済まなそうだが。
「弁えているとは思えませんわ。シェラを見つけた際、伴様はパトロール中でしたのでしょう? だったら、お会いしたのは仕事の間ではありませんか。わたくしを蔑ろにしようとしても分かりますのよ」
「観察対象として仕事中に会うのはやむを得ないだろう? 俺の仕事だ」
伴君が仕事を強調するのは、公私の境を示しているのだと信じていた。しかし、これはどうも、仕事という大義名分を振りかざしているだけだ。
栗飯原さんは、伴君が仕事を大事にしていることを理解しているのだろう。私だって、それを否定するつもりはない。だが、この場においては体よく言い分に使っているだけだ。
「伴様がお仕事にプライドを持っているのは知っていますわ。わたくしだって、それを邪魔しようなんて思いませんもの」
「だったら、もう少し大人しくしておけないのか」
「わたくし、淑女ですわ」
「淑女は自分の胸を触らせようとかそういうことはしないもんなの」
そうした直接的な指摘は避けているのかと思っていた。攻防として互いに自覚も公表もしている。だが、それを口にするとは思っていなかったのだ。何より、伴君がそれを容認していることが意外だった。
栗飯原さんはそのときのことを思い出したのか。頬を染めている。照れるという感情が装備されていたのか。少なくとも、自分の行動に羞恥を抱くタイプには見えなかった。伴君の行動に気を失うほどにのぼせ上がることは知っているが。
栗飯原さんはしなを作って、頬を挟んで隠した。
「伴様だって、わたくしをソファに押し倒しましたわ」
はぁと腹の底から零したような深いため息が会議室に落ちる。
「拘束しただけだろう」
「お仕事中にわたくしをそばに置いておきたいだなんて、恥ずかしいですわ」
とても会話が成立していない。呆れ果てた伴君を直視しておいて、こうも齟齬が生まれる会話を繰り広げてくるのはある意味で感心した。
伴君もお手上げなのだろう。諦念したような顔で私のほうを向いた。こんなところで救助要請を出されても、どうしようもない。そもそも、先に私を栗飯原さんに差し出そうとしたのは、伴君だろうに。私が無条件に助けるとでも思っているのか。
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