第22話

「それでは、先日の吸血鬼シェラを捕縛した際の状況を教えていただけますか? 伴様」


 そこには私も含まれているのだろうけれど、視線も言葉も伴君だけを捉えている。初見であれば無愛想さに不快感を抱いたかもしれない。

 しかし、私はもう栗飯原さんを知っている。伴君がどれほどのものなのかも解説してくれたおかげで、どうにかなるものでもないとすらも。その態度に粘着するつもりもなければ、伴君が話してくれることにも異存はなかった。


「ラツェナドがシェラの気配に気がついたんだよ」

「簡潔に過ぎますわ。もう少し、詳しく教えていただけませんとまとめられませんわよ。伴様だって、それくらい知っておられるでしょう?」

「知っているけど、それ以上に話すことがないのも事実なんだよ」

「そもそも、ラツェナドと一緒におられた理由はなんですの? お二人はどういったご関係で?」


 これは取り調べの体をなした、プライベートの尋問ではあるまいか。苦味を噛み締めそうになった私の隣で、伴君はしらっとしている。ただ、これは冷静と言うのではなく、冷たいというのだろう。


「観察対象として登録しているのは、協会の資料を調べれば分かるだろ?」

「ですけど、観察対象だからって会いに行く理由にはなりませんわ」

「観察していただけに過ぎない」

「私が伴君に会いに行っただけだよ」


 横からくちばしを挟むような形になってしまうのはやむを得なかった。栗飯原さんが面倒くさそうにこちらを見るものだから、その様相は尚のことだ。


「吸血鬼が伴様に一体何のご用件があるとおっしゃるのですか?」


 懇切丁寧な口調が、逆に耳障りだった。こうも印象が悪くなるものか、と苦いものを飲み下すことしかできない。


「観察対象としてどういう動きになるのかいまいちよく分からなかったからね。様子を見に行きたかっただけだよ」

「……話の擦り合わせは事前になさりませんでしたの?」


 私との会話であるにもかかわらず、問いかけが伴君に戻る。寸暇もブレないことは素晴らしいが、伴君が徒労感を維持し続けている意味を体感した。


「色々と緊急だったからな。後から話すつもりでいたんだ」

「それでお会いになっていましたの?」

「ああ」

「ズルいですわ。わたくしだって、色々を聞きたいとお誘いしたのですから、お約束してくださってもよろしかったのではありませんの? うやむやにするなんてズルいですわよ」

「……そんなことをした覚えはない」

「吸血鬼とお約束するのでしたら、わたくしともお約束してくださいませ」

「今はそういう話じゃないだろ。仕事をしてくれよ」


 切り替える舵の方向を決めたようだ。伴君はテーブルの上に広げられた書類を指先で叩く。

 栗飯原さんはぷっくりと頬を膨らませてみせた。ポーズと言わないまでも、そうすれば拗ねて見えると分かったうえでのようだ。


「それで、ラツェナドが俺に会いに来たところで、他の吸血鬼の気配に気がついたって話だ。それ以降は、話だけで連行することができたので、穏便に引き渡すことになったという流れだよ」

「気がつくような不穏な気配がありましたの?」


 それは伴君に聞いたところでどうにもならないことだ。確実な気配ではなく、雰囲気を掴んだだけに過ぎないだろう。そんなことは、栗飯原さんだってハンターの端くれとして分かっているはずだ。それでも、問いかけは一貫して伴君に向かっていた。


「ラツェナドがな」


 伴君がこちらへ水を向けてくる。これは取り調べを進めようとしているのか。それとも、栗飯原さんの絡みを分散させたいのか。前者であると信じたいところだ。


「……吸血鬼はどうして気がついたのですか?」


 一応、取り調べの体を保つつもりはあるらしい。こちらを向く栗飯原さんの顔からは表情が抜け落ちている。恐らく、平常な顔色であるのだろう。しかし、伴君への熱量を持った喜色を見ていると、その落差で冷淡に見えた。


「我々は同族の気配を感じ取れることができるものだからね。これといった特殊な事情はないよ。あの吸血鬼はどのような形であれ吸血した後だったんじゃないかな? そうであれば、気配が濃くなることも町中でもあるからね」

「……それほど明確に分かるものですの? どのようなものであったのか。何か疚しいことをしていた気配ではなかったのか。そういうものは判断できますの?」


 この辺りは、吸血鬼個々の能力値や感性に左右されるだろう。

 栗飯原さんもそれを理解しているのか。それとも、吸血鬼の生態について詳しくないだけなのか。どちらにしても、ようやく取り調べの体を成してきた。


「異能を使っていなかったことは分かるものだよ。そうした危ない気配の尖り方ではなかったと断言できる」

「左様ですか……でしたら、シェラに過度な落ち度はないということですのね」

「シェラは吸血については何と言っているんだ?」


 結論を出した栗飯原さんに、伴君のほうから声をかける。態度は一貫していたが、仕事に影響を及ぼすつもりはないらしい。そうした生真面目さもまた、栗飯原さんの好感度を引き上げてる気もした。

 私には関係がないので構わないが。と思えている時間もあまりないのかもしれない。そうした危惧が肥大し始めていた。


「ご好意でいただいたと仰っていますし、その件に関しては既にお話がついていますわ。同意して吸血行為をしていただいたと人間のほうから挙手していただけましたの。ですので、証言通りであれば、シェラの悪意は認めらないという判断になりますでしょう」


 極めて穏便な結果だ。私が余波を被ることもなさそうである。ただそれだけを心配していたわけではないが、生活のためには必要な心配ではあった。それがなくなる。その安堵は大きい。


「じゃあ、解放されるわけか?」

「……それは一概には言えませんわ」

「何か別の問題でも?」


 栗飯原さんから、伴君への感情が消えているわけではなかった。真っ直ぐに目を見て話す顔は、私のときと天地の隔たりがある。だが、行われる会話は業務報告だった。伴君だって栗飯原さんから目を逸らすなんて幼稚なことはしない。

 私は取り調べであるけれど、伴君はハンターとしての仕事に来ている。微妙に立場が違うことを、今更ながらに思い出した。


「あまりにも用件がなさ過ぎますの。吸血する理由もこれといったものもありませんでしたし」

「食事でしょう?」


 横から口を挟む形になるのは少し居心地が悪い。しかし、吸血鬼のことを話すのであれば、私が状態を伝えるべきだろう。吸血にそれ以上の理由なんてない。


「素で遠くから気配が漏れ出るほどの吸血は食事では必要ないのではありませんか」

「そうだけどね。でも、お腹いっぱいになりたいことがあるのは、人間だって同じじゃないか?」

「程度がありますわ」

「あの吸血鬼にとっての程度は、それほどだったのだろう」


 シェラ、と呼んでしまいそうになるのを堪える。この取り調べはまともである一方で、大きな秘密を抱えたものであった。栗飯原さんの伴君への態度に押され気味で忘れかけていたけれど、呑気にしていられることではない。


「……そうまでしてエネルギー補充をして、何もしていなかった、というのはどうしても不信感が拭えませんの」

「そういうこともあるんじゃないか」


 栗飯原さんの警戒は大袈裟とは言えなかった。

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