第21話

 シェラが捕縛された翌々日のこと。私はハンター協会への同行を求められた。伴君がわざわざ私のコンビニにやってきたのだ。


「そういえば、連絡先を交換してなかったね」

「持ってるのか?」

「だから君は吸血鬼を何だと思ってるんだ?」

「だって、スマホなんてなくてもお前らは気配で察せられるだろう?」

「それとこれとは別だよ。私はバイトもしているんだし、スマホがないと困るだろ?」

「使いこなせているのか?」

「だから、馬鹿にし過ぎだって言ってるだろ。一体いつの時代の吸血鬼を参考にしているんだ?」

「古いか?」

「古いよ。昨今の吸血鬼は電子機器にも強いし、SNSも使いこなす」

「やってんの?」

「やっているよ。私は料理もするし、なんてことないことを呟くものだろ。本を読んだ記録とかね」

「半永久的に動き続けるアカウントだよなぁ」

「人間からすればそうだろうね。ほら、アカウントを出して」

「あ、ああ」


 こくんと頷いた伴君はわちゃわちゃとスマホを取り出す。しかし、その後の操作がおぼついていない。


「伴君?」

「……どうすんの?」

「……君、SNSネイティブの若者だろうに」

「それとこれとは別だろ」


 私の台詞をそっくりそのまま返してきた伴君にひとしきり笑って、私は後ろから覗き込んでさくさくと連絡交換をこなした。感心するほどの伴君の弱点に笑っていると、伴君はわずかに気まずい顔をしている。


「とりあえず、これでいつでも連絡が取れるから。予定があるならそっちによろしくね。こうして訪ねてくるのでもいいけど、君のほうが大変じゃない?」

「何が?」


 きょとんとする伴君は、私のことを吸血鬼扱いするわりに、吸血鬼であることをすっぽ抜けているのではないか。感覚が一貫していない。


「吸血鬼の元を訪ねるハンターは外聞が悪いんじゃないかい?」

「ああ……別に気にしてない。ていうか、お前は俺の観察対象になってるんだし、会いに来たっていいじゃん」


 この子は、私に性格を褒められただけで照れて不貞腐れるような子だった。そのわりに、しれっとした顔で会いに来るのが当然だとばかりのことを言う。

 そういった台詞のほうがよほど気恥ずかしいと思うのだけど、感性が読めない。挙げ句、すたすたと協会のほうへと進んでいく。どこまでも泰然としていた。

 思えば、彼にもそういうところがあったものだ。何気ないところで、意味深いような台詞を吐く。私の感覚が鋭いのか。自意識過剰なのか。それとも、人間とはそういうものなのか。

 人間社会には溶け込んでいる自負がある。しかし、個人との交流を深く持つかどうかは別問題だ。私が心から交流を持っていたのは、友くらいしかいない。伴君の傾向か、人間の傾向かを判断する経験値は持ち得なかった。

 伴君はこちらの感情などに気がつくわけもなく、今日の背景を説明してくる。何とも自由だ。吸血鬼にそれを思われるというのがどれほどのことなのか。きっと、伴君が気付くことはないだろう。


「シェラはラツェナドとの師弟関係については話してない。ただ、そうなると事情もあやふやになってくるわけで、見つけたときの実況見分がしたいらしい。シェラに気がついたのはお前だからな。どうしても噛ませざるを得ない。俺だって、どうして見つけたのかと詰められても答えられないし」

「それこそ、方便を使えばいいのに」

「俺がいつ方便を使って」

「栗飯原さん」


 きっぱり告げると、伴君は喉を絞めたかのように言葉を飲み込んだ。実に分かりやすい。よく栗飯原さんを前にすると、あれほど頑なで、自分の心にもないような態度を取れていたものだ。私に対しては、無防備なほど素直であるというのに。

 不思議というアドバンテージはお互い様だ。そう思っていても、どうしてこうもと思ってしまうことをやめることもできない。私に心を開き過ぎではあるまいか、と。

 友との始まりはどうだったか。その交友の仕方は思い出せるが、その時間経過がどれくらいであったのかは覚えていない。五百年も前のことだ。記憶力は悪くないし、鮮烈な日々を忘れることはない。しかし、そのときの時間経過だけは、どうしてもブレが生じる。


「お前は感じたままを伝えてくれればいいから」


 分が悪いのか。方便のほうはなかったことにするかのように、早口に手段を講じる。

 伴君は慣れた足取りで進んで行くが、ハンター協会のビルが見えてきた辺りで、足取りが重くなっていった。観察対象で保護したときには、こんな様子を見せなかったはずだ。

 怪訝そうに様子を窺っていると、ぴたりと足を止めた瞬間に、ビルの階段を駆け下りてくる人影が見えた。ほんの数秒。吸血鬼の身体能力と互角を張るような速度で現れたものを説明するまでもない。


「伴様! ようこそ、来てくださいましたわ」


 お前に会いに来たわけじゃない。

 読もうと思わなくても、言いたいことは分かった。私でさえ分かるのだから、栗飯原さんに通じてないとは思えない。

 しかし、彼女はにこにこと頬を緩めている。理由はどうあれ、結果がそこにいることが大切なのだろう。伴君の天敵の登場だ。

 私を観察対象に登録した日。彼女はお休みだったのだろう。でなければ、伴君はあの日だってまた、今日のように渋ったはずだし、自分から提案してこようとさえしなかったかもれしない。

 だとすると、それもまた私たちへもたらされた偶然の不思議だろうか。ロマンチックな思考回路には、苦笑いが零れた。

 伴君は栗飯原さんに腕を取られて、協会へと引きずられそうになっている。筋肉ダルマ、とまで言うのは大仰だろうが、それでも伴君はがっちりとした図体だ。それを腕力でどうにかしようと言うのだから、栗飯原さんの気概が知れる。


「ラツェナド、お前もちゃんと来いよ」


 もう栗飯原さんから逃れることは諦めているらしい。向かう先は、栗飯原さんの本拠地のようなものだ。来ることが決まった時点で、ある程度観念してきたのだろう。引きずられるくらいは、許容範囲であるらしい。

 私は肩を竦めて、素直に後を追った。事務所で一度遭遇しているとはいえ、私と栗飯原さんの接触はほとんどない。私が後追いすることに、鋭い視線を寄越した。それは、吸血鬼であるからなのか。それとも、伴君と交流を持っているからなのか。

 ハンター協会はビル一棟を借りていて、各階に区画を作っている。観察対象の書類についての手続きは、二階だった。吸血鬼の捕縛施設はそれより上になるらしく、私は初めて四階へと足を踏み入れる。

 シェラと顔を合わせることはないようで、そのまま狭い会議室のような場所へ案内された。協会側は栗飯原さんが引き続き仕事を請け負うらしい。私に不都合はないが、伴君は既に疲労困憊の様子だ。

 会議室に置かれた机に向かい合って腰を下ろす。話を聞かれるのは私と伴君であるから、栗飯原さんの前に並んだ。この形態はやむを得ないという妥協はあるようだが、横並びに文句のありそうな視線が注がれている。

 他人事でいたから、伴君を無為に観察していられた。しかし、こちらまで目の敵にされるとなると話は別だ。

 それは吸血鬼として注目を受けるよりも、面倒な愁嘆場を演じることになりかねない。伴君だって栗飯原さんに乗り気でもないのに、三角関係になるなんて冗談じゃなかった。

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