第20話
「そもそも、そんなに好かれるなんて何やったの?」
「何もやってねぇわ」
本当に心当たりがないのか。それとも、隠していることがあるのか。伴君の表情はどこまでも渋面だ。ここまでも渋面だったので、栗飯原さんへの感情が揺れることはないらしい。
個人で対応するより他にないものだからこそ、ここまで徹底した態度が取れるようになるのか。
「まさか一目惚れされただなんて言わないよね?」
「俺はそこまで自意識過剰じゃない」
「だったら、理由があるだろうに」
「仕事でちょっと助けただけだ」
「君の仕事はちょっと助ける、が命を救うことに直結しているものだろ? そりゃ、そんな手助けをしてもらえたら、ころっと落ちもするだろう」
「そんなにいいもんじゃない」
伴君の表情を見るに、颯爽と助け出したわけではないのだろう。
だが、この青年はきっと分かっていない。たとえ、ボロボロで惨め。ひどく不格好であろうとも。いや、むしろ、それほどに傷を負った状態であったにもかかわらず、自分を助けてくれた。そちらのほうが印象に残るだろうし、感謝も増すだろう。吊り橋効果で数百倍格好良く見えていてもおかしくはない。
第一、伴君は見目が整っている。その男がボロボロになりながら自分を助けに来てくれた。その情緒を感じ取ることはできないのだろうか。
「それでも、命の恩人っていうアドバンテージはでかいのは想像できるじゃないか。私だって感謝するよ」
「そりゃ分かるけど、だったら、その恩人を困らせるようなことをしないでくれればありがたいんだけどな」
伴君はソファの背に後頭部を押し付けて天井を見上げている。すっかり伸びきって、諦念しきっていた。
口にしたところで、どうにもならないことは伴君だって承知済みのことなのだろう。ここに栗飯原さん本人がいるわけじゃない。ただの愚痴だ。
「まぁ、頑張りたまえよ」
「他人事だと思いやがって」
「他人事だからね。種族すら違う」
言いながら隣に腰を下ろしても、伴君は私に反応しない。種族をわざわざ口に出したにもかかわらず、私が無害だと信じてやまないようだった。
シェラよりも実力を持っていて、栗飯原さんよりも実力行使に出かねない相手だ。呑気過ぎるのではないだろうか。
私は膝に肘を突いて、隣の伴君をじっと見つめた。その身体のごつさは、横から見るとよく分かる。胸板も厚ければ、他のパーツも太くて厚い。これは吸血鬼に細身が多いから、やたらと目につくということもあるだろう。私と比べれば、多くの人間は分厚いに分類される。
そして、物珍しいものには興味が惹かれるものだ。そっと太腿へ手のひらを伸ばすと、伴君はびっくんと大仰に身体を竦めて私を見た。
「ビビらせんなよ!」
「ふっふふっ」
ぎょっとした顔色は悪く、あまりの過剰反応に笑いが零れる。喉が震えるのが止まらなかった。
「ラツェナド!」
よほど心臓に悪かったのだろう。罵声にも似た悲鳴にも、笑いが止まらなかった。
「悪かったよ。ぐふふ」
「お前なぁ。男同士でもセクハラは成立するぞ」
「それはそれは。ご高説ありがとう」
「懲りろよ」
面白おかしく弄っているのを隠すつもりはない。伴君だって本気ではないだろうが、煩わしいのも本当なのだろう。睨む顔の迫力はままあった。
栗飯原さんのことが弱点であることがよく分かる。吸血鬼相手に、弱点を晒していることには気がついているのだろうか。杜撰だなぁ。などと考える私も、打算的ではあるのだろうけれど。
「筋肉質なのは見てて興味が湧くものなんだよ」
「……」
栗飯原さんの件とは別件だと逸らした先は、無理があったのか。伴君は無言で目を眇める。それから、自分の身体に目を落とし、私の身体へと視線を移動させた。
はっきり言って失礼極まりないが、今ばかりはこちらが仕向けたのだから咎めるのも可哀想だろう。
「吸血鬼は筋肉つかないのか?」
「異能にエネルギーを使っているんだろうね。私は今まで生きてきて出会ったことはないな」
「……ラツェナドは何歳だ?」
「六百二十歳だよ。君は?」
「二十一だ」
年齢の確認なんてしない。それは人間のそれを聞いたところで、私たちにとっては大差はないからだ。ただ、節目の年齢くらいは理解している。大人になってそれほど経っていないことだけは分かった。
「……六百ってお前たちにしてみれば、まだ若いほうなのか?」
伴君は掴みきれないような顔で首を傾げる。
それもそうか。吸血鬼側からも感覚が分からないのだから、向こうからも同じであるのは当然だ。そのことには頓着してこなかった。向こうからすれば、大体長生きの生物という区分けだろう。
「そうだね。どちらかと言えば若いほうじゃないかな? 正直、吸血鬼の寿命は一概には言えないんだよね。異能を使い過ぎてエネルギーの補充が間に合わなくなったら、それでおしまいだし」
「灰になるんだよな?」
「なんだ? 吸血鬼を殺したことはないのか?」
「今どき、殺害にまで発展するような諍いはそうないよ」
「それで抑制できるものなのか?」
「捕縛のために工夫して協力しているからな。その後のことは協会に任せている」
「それで許されるってのは、責任感が薄くならないかい?」
「あくまでも捕縛するのが俺たちの責任だよ」
責めているつもりはなかった。しかし、責任問題にまで波及すると、重苦しい会話をしている気持ちになる。伴君も真面目な返答だ。引き締まった表情に、私は目を細めた。伴君はやにわに怪訝な顔になる。
「なんだよ」
「いいや? そういう弁えているところも、彼女は気に入っているんじゃないかと思ってね」
「……普通じゃん」
むっと下唇を突き出して、不貞腐れた。そうすると、年齢よりもずっと幼く見えるのは前にも思ったことだ。真剣な顔とのギャップが、好印象になるのだろう。何にせよ、伴君が好青年であることには間違いない。
「普通に責任感があって、普通に仕事だって人を助ける。君は普通にしていて、十分に格好が良いんだから、そりゃアピールを受けたっておかしくはないだろう」
人の良さはハンターとしては難点だ。不安を催す要素ではある。だが、他の何も伴君をマイナスにし過ぎるところは、今のところ見つかっていない。
というか、ここまで好青年であるのだから、犯罪的な性癖やら何やらが見つからない限りは、評価が下がることもそうないだろう。
しかし、それを聞いた伴君は目を丸くしていた。それほど、素っ頓狂なことを言ったつもりもない。その反応にこちらのほうが驚いてしまった。
どうやら、そうなって初めて伴君は私が本気で言っていたのだと気がついたらしい。ぱちぱちと目を瞬いている。それから、困ったような表情で目を逸らした。
「……お前にそれほど好印象を抱かれているとは思わなかった」
そう言われて初めて、何やら気恥ずかしい心地にさせられる。ぐっと眉間に皺を寄せると、伴君も小難しそうな顔になっていた。
なるほど。栗飯原さんからそう思われているんじゃないか、という評価であることをごっそり削ぎ落としているな。そういうところは悪い。
「客観的な話でしょ。照れるのはやめて」
「照れてねぇし!」
わっと騒ぐと言葉が乱れる。微笑ましさに笑いは収めきれない。くつくつと笑う私に、伴君は薄く頬を赤くして顔を逸らしていた。
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